ジーコの主張

わずかな時間での大きな喜び

[2009.04.04]
3月下旬、ワールドカップ地域予選のために、各国リーグが休みとなった期間は、素晴らしいことにちょうど孫フェリッペの1歳の誕生日と一致した。さらに、゛ジーコ10”の開校式がキンチーノで行われ、私が生まれ育った場所での社会貢献プロジェクトを開始したいという夢が現実にもなった。
 
私がこのコラムで常に言っている事であるが、プロサッカーの世界において辛い点は、家族の大事な瞬間に離れていなければならないことが多い事である。私は何年もそれを感じている。今はもうロシアに戻ってきたので、孫の成長をウェブカメラでしか見れないけど、最初の誕生日パーティーに参加でき、私にとっては良い始まりだと思っている。

1988
孫・フェリッペの誕生祝いの他に、私が以前からやりたかったプロジェクトの発表を行うこともできた。少し前から、私の息子ブルーノ・コインブラがファビオ・ソドレーと共に“ジーコ10”と名づけられた我々のサッカースクールのフランチャイズを展開している。我々は全国の幾つかの都市でフランチャイズを持っている。今回生まれ育ったキンチーノで同プロジェクトを実現してとても嬉しく思っている。現地での調整は、私の兄ナンドがすることになり、なおさら嬉しく感じた。
キンチーノは今の私として成長するように貢献してくれた地区であり、ストリートでボールに最初のキックをして場所でもある。ジーコという名前もこの場所から生まれたのである。私は機会があれば訪ねるようにしている。
今回28日にキンチーノでヴィタルクラブにて行われた”ジーコ10”の開校式は特別な感動であった。入口で私はクラブがいっぱいであると気がつき、多くの子供たちは私の名前を叫んでいた。それは私の名前を伝えてくれた両親の力によるものである。新世代へ私の歴史を伝えていってくれることに私は感謝しなければならない。
 
私が親と子供たちに、このプロジェクトから偉大な医者、エンジニアなど他の職業のプロも生まれてほしいというメッセージを送った。そしてGolaço Socialとして名称をもつジーコ10の大きいな目標は、人生の敗北と勝利に対処して耐え切れる、自覚を持つ人間を育成していくだという事を強調した。そうすれば私はより嬉しくなり、サッカースクールによって新たな才能ある選手が発掘された場合よりもっと嬉しく感じられるだろう。
 
私は既にロシアに戻って仕事を続けているが、今回のリオデジャネイロで過ごしたわずかな素晴らしい瞬間が記憶に残っている。家族が集まり、キンチーノのプロジェクトで子供たちの喜ぶ顔を見られた。ロベルト・カルロス的に言うのであれば“多数の感動”(ブラジル名歌手、ロベルト・カルロスによる隠語)となるでしょう。私が今週のタイトルにしたように、わずかな時間であったが、幸せいっぱいだった・・・
 
 
 
では、また来週!
 
 
 

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