バックナンバー

CFZの14年間の歴史について

[2009.01.30]

今年の1月20日にCFZが設立から14年を迎えた。サイトはセンターの2人の従業員、フランソワとセルジーニョと話をした。2人とも面白い話を語ってくれた。 フランシスコ・デ・カルバーリョ(フランソワ)が工事の担当者の1人として召集された当時、1993年には、センターが建設された地域は湿地帯であった。セアラー州出身の彼は、以前ジーコの家でメンテナンスの良い仕事を行ったきっかけで、‘選出’された。 「私がここに着いた時は、1つの歩道と茂みだけがあった。我々は、埋め立て工事を始めるために小さな道を作った。1993年から1995年まで働いた。工事には約100人がいた。」と、フランソワが話した。 フランソワは、歩道がスタートしていた場所を指す。周りは全て茂みであった。 工事が終わった時、担当のエンジニア(フェルナンド・マリーニョ)が、全てのプロセスを伴った誰かがセンターに住むように指示した。そして、1977年よりリオに住んでいた50歳のフランソワが、メンテナンス担当者として選ばれた。 「ここが私の家。だから、愛情を込めて世話をしている」 それ以来、彼の記憶に残る最も顕著な出来事は、2006年の洪水。 「芝生を直接見ることが出来なかった。それくらい大洪水になっていて、海の真ん中にいるようだった。」 もう1つ評判になった話は、センターの裏側に流れている川に住むワニの話。時々、川の中に落ちたボールは、その脅威な存在のために戻ってこなかった。 「ジーコはワニがいることを信じなかった。昨年に、私、ジーコ、ジョゼー・マトス(センターの管理者)とフェルナンド・バヌチ(U-15チームの監督)が見に行った。ワニは川にいた。そうするとバヌチがワニの頭に石を投げ、そして去っていた。それからジーコは信じるようになった。」と、CFZの担架担当者で、ボールを救う担当者でもあるセルジーニョが思い出して語った。ワニがいる川の前で:  ジーコは信じていなかった 地域の何匹かのカピバラとは異なり、そのワニはセンターの施設を決して訪問したことがない。そして、さらにワニにはフランソワの助けもある。 「彼らは時々、ワニを捕えるために罠を仕掛けるが、私はそれを取り壊している。」 ……

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CSKAがジーコの指揮で2回目の練習試合で勝利

[2009.01.29]

月曜日に、今シーズンの準備のためにCSKAがイスラエルで2回目の練習試合を行いました。再び地元のチーム戦で、ジーコが指揮するチームは2-0でHakoah Ramat Ganを下しました。得点を挙げた選手はZhirkov と Necid。  ジーコは、試合感を戻して選手達をチェックするために練習試合をしています。そして、選手交代を9回行い、20人の選手たちを出場させました。Netanya戦でも同様でした。 まだ公式に決められていませんが、UEFAカップで2月18日のアストンビラ戦までには、CSKAは更に2つの親善試合をするでしょう。場所はトルコ・アンタルヤの都市で2月の5日と8日に行われる予定。   ジーココメント:「ここカイザリアで、我々は良い勝利で最初の準備段階を終えた。もちろん、心配は試合結果ではなく、選手たちのフィジカル的なコンディショニングを調整する事。この最初の仕事は、結局シーズン全体のベースとして用いられることになる、そして親善試合は選手たちが少しのびのびとし、リズムを得る為になる。Hakoahはプレッシャーをかけ、時には試合が燃え始めた。少なくとも今年の半ばでには変わらないと思われる選手たちをよくチェックすることができた。我々はその日の晩にモスクワへ出発しそして28日と29日は休みとなる。30日には、技術的や戦術的な部分を優先させて、我々の次の準備のために、トルコのアンタルヤへ向かう。」 ……

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2009年01月23日(金)

[2009.01.28]

ハ~イ。今回はフォトブログの第一回目。写真盛り沢山なので、第二回目もアップするからね。先ずは、約束していたイスラエル到着時の模様だ。上空からのTel Avivの光景。 市内の交通状況。  そして以下は、こちらHaifaでの合宿にて、エドゥーの芸術写真集第一弾。   最後に、Netanyaのスタジアム到着時に私が目にしたものとは?そう、フラメンゴサポーター軍団。フーブロ・ネーグロ(フラメンゴサポーター)とはこういうものだ。世界中何処へ行っても、常にユニフォームをまとったファンやチームフラッグと出会うことが出来る…。訪れてくれた全ての仲間にウン・グランデ・アブラーソ。 それでは、また後ほど!……

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CSKAモスクワでのチャレンジに向けて準備万端

[2009.01.27]

こちらへの到着は慌しい状況でした。騒然と組織を知り、手短に選手達と面識を持って、その足で強化合宿第一クールとなるイスラエルへと向かうに過ぎませんでした。でも、正に時間のロスは許されず、開幕戦は既にCSKAの門を叩いているのです。私のロシアのクラブへの就任と今年度に対する期待が今週のテーマです。    私は欧州サッカーへの復帰の機会としてCSKAからのオファーを受けました。世界サッカーシーンに於いて著しい時代を迎えている国家の伝統的なクラブでもあります。近年ではUEFAカップを2度制覇しており、内一度はCSKA自身が獲得しているのです。そして、母国代表は昨年のユーロカップで準決勝へとして進出して、最終的には優勝国となったスペインに敗退を余技無くされました。 ロシアはバレーボール界では既に大国で、世界最優秀選手に選ばれたジーバや、ダンテ選手、更には他国のハイレベルの選手達を有する国とするならば、サッカー界でも同様なる道程を歩む構想なのです。紛れも無くこの機会は私をクラブへと魅惑して、ここには欧州サッカーシーンで闘うためのストラクチャーが充分に整っていることを確認することが出来ました。そして、我々にとって今年は今後UEFAカップと、来シーズンにはチャンピオンズリーグが待ち受けているのです。 我々は現時点でイスラエルにて、特にUEFAカップの決勝トーナメント一回戦で対戦するイングランドのAston Villaを含む、他国のライバルに対する不利な点を補うために、準備を進めています。第1試合はすで既に2月18に決定しています。我々のチームがロシアサッカーカレンダーに伴いオフに突入していた期間、イングランドのチームは国内リーグを戦っていたのです。我々はそのハンディキャップを大いなる献身と超越心で補う必要があります。 そして、UEFAカップが唯一のチャレンジではなく、結局のところ、ロシアリーグも大変相拮抗した大会なのです。ロシアではCSKAモスクワなどの伝統的なクラブが存在し、これら全てのチームがタイトルを争う条件を満たしています。 私は、サッカー人生に於いて学んだ多少ながらの知識を伝えることが出来ると同時に、この地での経験で更に習得出来る機会に、大変動機付けられています。私は発展途上の若輩監督であり、タイトルに慣れ親しんだCSKAのサポーターが私の指揮の下に幾つかの祝杯を挙げられるように、力の限り献身する心構えです。常に私が口にするように、その過程に於いて、私の献身と選手達がベストを尽くせる為のインセンティブには事足りません。 我々は、経験豊富な選手達と若手をバランスよく融合するグループを有しております。そして、Vagner Loveや既にロシアサッカー最優秀選手に選ばれた経験もあるDaniel Carvalho、更にはRamon選手など、質の高いブラジル人達がいます。彼らに、ロシア人及び他の外国人プレーヤーが加わり、今シーズンの戦力となるのです。更には既にこちらで邁進していた素晴らしいサポートメンバー、及び、紹介文は一切必要としないであろう、エドゥーとパイシャォンの存在があります。そして更なるは、Túlio Menezesのフィジオセラピストとしての協力です。これらには、クラブを形成するロシア人スタッフは含まれておらず、彼らの存在もあるのです。 今は献身、そして献身、更に献身あるのみです。徐々にチームを形成し、熟しながら、必要に応じて補強を行い、一試合一試合を最終的にはトロフィーを象るモザイクのワンピースの如く捉えるのです。本サイトを通じて見守ってくれるあなたの応援を期待しています。 それでは皆さん、また来週お会いしましょう。 ウン・グランデ・アブラーソ! ……

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Maccabi Netanya戦後のジーコのコメント

[2009.01.26]

「チームにとってシーズン最初のましてや基礎体力養成の為の合宿中の時期にしては非常にいいゲームだった。しかも約60分間は今の時点でスタメンと目されるチームでやれたのも大きな収穫だった。来週またあと一ゲームフレンドリーマッチをこなすつもりでいる。」……

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CSKA・ジーコ監督、練習試合で初勝利

[2009.01.25]

22日、CSKAがジーコ監督になってから初めての練習試合が行われた。 ドイツの元名選手ローター・マテウスが指揮する、イスラエルリーグの1部所属チームMaccabi Netanyaとの試合、4-1で勝利した。 Vagner Loveが2得点、Rhizov 、Semberasも得点を決めた。 ジーコは、チームにリズムを与えるためによ り多くの試合が必要と語った。      ジーコのコメント:「アストン・ヴィラは、プレミアで調子を出している。我々は今シーズンがスタートしたばかり。計画ではチームに競争リズムを与えるために来月18日まで少なくとも4つの試合を行いたい。今回のネタニヤと対戦し他にも予定している。またトルコのアンタリヤでも」と、ガリーニョが語った。 アストン・ヴィラ(UEFAカップでの対戦相手)は現在プレミアで4位と好調でアーセナルの前にいる。 ……

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イスラエルでのCSKAキャンプ情報

[2009.01.24]

イスラエルで合宿を行っているCSKAは19日は軽いトレーニングを行った。選手たちは、午前中にはウエイトトレーニングのみ、そして午後には、ミッドフィールドから前で彼らの適切なポジションにおいて戦術的な練習をした。最後には、スモールゲーム形式でのトレーニング をした。 20日には初めてゲーム形式でのトレーニングを行った。非常に良い動きの約70分であった、気候もよかったし、我々は非常に良い準備をしている。この後にまだトルコキャンプがあるが、非常に良い仕事が出来ている。 ……

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「ムーイト・オブリガード(Muito Obrigado)、ブニョドコル!」

[2009.01.22]

私のことを知っている人物であれば、見方によっては私を「古い人間」だと思うでしょう。この言葉は私には大変価値があるのです。そして、契約を締結してプロジェクトを引き受けるのは栄誉に匹敵する重みがあります。私は決して契約の解除やチャレンジの途中で諦めるのは好きではありません。但し、ウズベキスタンからロシアへと活動の場を変えた今、敢えてその理由を記録すると同時に、ブニョドコルで心から温かく迎え入れてくれた全ての皆さんに特別なる感謝の意をお伝えしたく思います。  私がフェネルバフチェを後にした際に、引き続き欧州での活動の場を追い求めていたことは、誰にとっても決して目新しい情報ではありません。これが私にとっては最優先でした。それ故に私はリオ・デ・ジャネイロで家族や友人達と過ごしながら機会を一定の期間模索していたのです。でも、常に私が口にするように決して立ち止まる訳には行きません。この職業が、私の心を奪うべく魅力もたらしてくれただけではなく、現在では多くの人達が依存しています。即ち、前進し続ける必要性があったのです。   調度、そのタイミングでウズベキスタンのブニョドコルの指揮官としてアジアサッカー界復帰への誘いが到来したのです。オファーは全面において最高の内容であり、リバウド選手の仲介で話が来ました。誕生僅か3年の若いクラブであり、国内に於いて初タイトルを目指しながら、アジア大陸での強豪へと化すべく組織化を図っていたのです。誘惑的であり時を得ていたと言えます。私は、チャレンジ精神に駆られて、タシケントへと向かいました。   この場に、ブニョドコルの会長及びクラブの全職員、更にはサポーターからどんなにもてなされたかを記録しておきたいと思います。雰囲気は可能な限り好意的で、プロジェクト自体はブニョドコルをアジア大陸に於いて強豪の地位へと導く為の要素が全て揃っており、そして我々は国内2大会を制覇することが出来ました。これ以上に顕著な結果は有り得ません。私は、更に積極的な2009年を既に計画していた最中に、CSKAモスクワからのオファーが届いたのです。一度目のコンタクトを年中に受けたのは事実ではありますが、その時には何ら具体的な話は存在しませんでした。   2008年の末にロシアの地からの正式なオファーを受けた時には、私は2009年末まで有効な契約が残っていることを敢えて強調し、契約上の決裂は好ましく無く、合意に達することを望むと伝えたのです。結局のところ、CSKAモスクワはUEFAカップに参戦しており、来期のチャンピオンズ・リーグへの出場権も獲得している強豪クラブでもあり、可能であれば欧州サッカーでの仕事に復帰したいと話しました。でも、ブニョドコルの会長が承諾してくれた際にのみクラブを移籍する意向を示したのです。その様な理由から、ウズベキスタンのクラブの会長へレターを送り、仮に私の続投を希望するのであれば、如何なる種の交渉にも拒否権をブニョドコルは行使できる自由を与えました。それ故に私はクラブの会長に対して、今年度も私の仕事に期待をしていたにも関わらずに、欧州のチームで再び指揮を執りたい意欲を理解してくれて、契約に抵抗を示さなかった行為に、敢えて公に感謝の意を伝えます。この2ヶ月間、日々を共にした選手全員、この機会の橋渡しをしてくれたリバウド選手、クラブのサポートスタッフ、ブニョドコルの首脳陣、そしてサポーターの皆さんに感謝致します。   サッカー界での30年以上に亘るこの人生で、既に私は寛大でなければならないことを学んだと言えるでしょう。何故ならば、我々は滞在する先々に友を残して、自分のかけらを置いて来るのです。  と、言うことです!   それでは皆さん、また来週お会いしましょう。 ウン・グランデ・アブラーソ!     Muito nyodkor!  ……

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天候にも恵まれているCaesariaでのキャンプ

[2009.01.20]

素晴らしい快晴の日曜日の18日、CSKAは引き続き充実した練習をしている。午前中、ジーコがDF選手、エドゥーがMF,FW選手を担当してトレーニングを行った。午後はPaixao300m走を10本行った。  ……

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2009年01月12日(月)

[2009.01.19]

やぁ~。皆さん、ハッピー2009年。新たなる職場となるCSKAで、仕事に戻る時が訪れたよ。決して暑くはなかったが、タシケントから今度は凍えそうな零下16度のモスクワで…。ブニョドコル滞在時に対しての私の感謝の気持ちを記した特集コネクションをアップしたからね。一読の価値有りだよ。 でも、このポスティングはイスラエルのTel Avivから約60キロの場所に位置したHaifa郡Caesareaの町からアップしているんだ。我々は強化合宿の為にこちらを訪れているよ。 さて、写真紹介の前に、先ずはMaxの息子Paulo Arturの誕生を祝福するよ。そして、Ronaldoには全てのコメントを読んでいると伝えたいね。Ronaldo、信じるように! それでは写真へと行こう: 凍てつくモスクワへの到着。まるで町を白一色でペインティングしたようだが、実際には雪なんだ。ホテルからの光景。 テクニカルスタッフのブラジル人達。パウロ・パイシャォンとインテルナショナルで彼と職場を共にした理学療法士のトゥーリオ。 CSKAのトレーニングセンターの正面にて、私の友人で弁護士のアントニオ・シモエンスと。余りの寒さで歯の根が合わない様子が伺えるかな?  体育館で私の通訳Maxiと話をしている模様。 後程こちらイスラエルでのショットも含めた写真を紹介するからね。 本サイトの編集者であるBruno Nevesが、年末にミナス・ジェライス州のSo Joo Del Reyを訪れた際に、私の肖像の壁画とフラメンゴのグッズが盛り沢山のバーに出くわしたそうだ。もし、あなたの町や地区にこの種の記念が存在して、この場で公表したい場合には連絡ください。それでは、ご覧の通りフラメンゴファンであるTako氏のEustquioバーの紹介だ。彼と、私がゴールを祝っている肖像画の写真。   フラメンゴ・グッズ満載…、カラベラ船まである! そして、マスターズ戦出場の際に私が町を訪れた時の写真。中央は、私を町まで案内してくれたPedrinho氏。右端は、今日まで私と一緒にジーコ・サッカーセンターの世話をしているZ Matos氏。Tako、ごきげんよう!そして、記念をアリガトウ。 写真や絵画、オマージュ、そしてこの様なストーリーなどを待っているよ。次回のポスティングでは送られてきたReveillon(大晦日)の写真の紹介だ。スペースは確保するから遠慮なく送ってね。 Depois eu volto! それでは、また後ほど!……

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CSKAの16日の練習

[2009.01.18]

16日の練習はグランドで10対10でゴールなし、ゴールありでのタッチ数に制限を加えてのトレーニング。午後の練習ではゴルフ場で1200m走を5本行った。写真はエドウーによるもの。.   ……

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ジーコが、イスラエルでのトレーニングについて語る

[2009.01.16]

12日にカイザリアに到着し、午後にはチームの選手達が35分位のランニングを行った。本格的なトレーニングは13日からスタートした。午前9時と午後4時、2回に分けて練習するので、最初の朝にはフィジカルコーチのパイシャォンが11ステーションのサーキットトレーニングを調整し、各プレーヤーが2周行った。下の写真のひとつでは、チームの3人のブラジル人たち: ダニエール・カルヴァリオ、ヴァグネル・ラヴとラモン。もう一人のブラジル人がいるが、彼はBチームである。彼は、若手FWリカルド、そしてベルギーに期限付で移籍するだろう。 午後には、コントロール、パス、ボールキープ等の基本技術の練習を行った。現地での状況は良い。ホテルやフィールドは良いし、そして我々の準備のためには適切な構造がある。 14日はホテル近くの海岸でパイシャオン・フィジコが午前は3.2km走を行った。午後には1km走を6セット行った。海岸での写真はエドウーによるもの。 ……

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ジーコがイスラエルに到着して、友達やフアンたちを安心させる

[2009.01.15]

テルアビブに着陸直後、ガザ地区にてイスラエル人とパレスチナ人の間での紛争において心配している親戚、友人やファンたちを安心させるために、ジーコはサイトとの接触を維持するようにした。ジーコとチームは、キャンプをハイファ市で行う。 「ガザ地区での戦争のため、多くの人が私について心配することは当然。しかし、我々はここテルアビブで非常に穏やかな雰囲気で到着した。我々は紛争のゾーンから大分離れているし、そして、空港でさえ私は特別な懸念に気がつくことができなかった。後で街で撮った幾つかの写真を送ります。もちろん、我々は同国が戦争中であることを知っているし、私はそれを嘆く。しかし、テルアビブでの日中の動きは、日本で地震が起きた時の頃を思い出す。多くの時は、数キロメートル離れた場所で地震が発生して、我々は通常に生きていた。違いは安全アラームだった。我々が今いる所も同じ」と、ジーコが説明した。 下の地図で見られるとおり、テルアビブはガザ地区から遠く離れている。ほぼ100Km。ハイファ(戦争地から150Km離れている、イスラエルでのCSKAの基地都市)と同様に、領域はテロリストグループハマスの動作範囲から外れている。    ……

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2009年1月11日 CSKAのシーズンスタート

[2009.01.14]

(CSKA公式サイトより) 先週の土曜日に、、Vatutinkトレーニングセンターにてジーコ新監督が公式にCSKAに紹介された。日曜日には、選手たちのメデイカルチェックが行われ、そしてキャンプためにイスラエルへ向かった。 昨シーズン後に3人の選手が背番号を変えた。ドミトリ・リジョフ、アラン・ジャゴエフルボシュ・カロウダ、それぞれの背番号は「8」、「10」と「21」となる。「89」背番号は新たに在籍したトマス・ネチドが使用する。FWダビド・ヤンチクはベルギーのKSC ロケレンに移籍した。    ……

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ヴァーギネル・タルデーリのインタービュ-

[2009.01.13]

12月初めに、ヴァーギネル・タルデーリ主審はブラジル選手権セリエAのタイトルを決定する試合(ゴイアス対サンパウロ)ではじめて笛を吹くために首都ブラジリアで準備をしていました。しかし、試合直前にサンパウロの秘書より同主審宛に、モルンビーで行われる歌手マドンナのショーのチケットと金が入った封筒を送付したと言う話が出てきました。常軌を逸した試合結果操作の企みに関係なくても、タルデーリは、本人の合意もあって、試合が平静に行われるために割り当てから遠ざけられました。この出来事は現在、スポーツ上級司法裁判所によって検討されています。    サイトとのインタビューでは論争に加えて、タルデーリはJogo das Estrelas(スターゲーム)出場やそのキャリアの延長とピッチを離れる際には解説者になりたいと言う希望を話しました。   あなたは、Jogo das Estrelasの初回から同イベントの主審になっています。その招待は?   イアタ・アンデルソン(ジャーナリスト)によって招待された。隣人を助けることはとても大きな動機となる。私はすでに毎年そのイベントの参加を私のスケジュールに登録しておく。今でもゲームの終わりに私はジーコに聞く:「来年にも私は選出されてる?」。彼はいつも言う:「選出されてるよ」。そしてその時点でジーコは私のレフェリーディレクターになる(笑)   主審キャリアを延長するとい言う話は?   FIFAは主審活動制限が45歳までと確定する。44歳である私の場合、46歳でキャリアを終わらせるようにされている。私の規則正しいさと尊敬によるプレミアムのようなもの。私はすぐに受け入れた。シーズンのスタートにそれが公認されるかどうか見よう。  引退後はどうなりますか?   解説者になりたい。そのために準備を進めている。私はスポーツジャーナリズムによる2つの公開講座に出席した。また、バンデイランテス・ラジオ局で1年間の研修をした。   試合でホイッスルを吹くよりもコメントする方が簡単ではないでしょうか?   1つを他と比較することができない。異なる事である。試合の判定を行うことは非常に大きいなチャレンジだ。そして、そのチャレンジによってプロが克服される。ゲームの困難、サポーター、不利な結果、時にはけんか。22人のプレーヤーをコントロールしなければならない。時々、プレーヤーまたはベンチにいる監督を支配することの難しさがある。また、ミスによって解説されることもある。正しい情報を通過したり、分析しているものに対してちゃんとコメントする義務がある。 あなたの経歴の頂点瞬間は、どれでしたか? 私は、ブラジルだけでなく、素晴らしい試合に参加した。南米カップでは、エクアドルにて2決勝戦で笛を吹いた。U-20とU-17に参加した。ブラジルでは、セリエBとセリエCの決勝戦。私には、結局空想的な話のためにゴイアスとサンパウロの間で今年のチャンピオンシップを決定することになった試合を吹く機会をなくされた。 そのケースについて、あなたはどのように説明しますか? 裁判所さえ、そのジグソーパズルを完成させることがまだできてない。その話を持ち出したそれらの人々には話したことを証明する機会があったとき、彼らはそれをしなかった。そして、裁判所はその根も葉もない話のために罰する。誰かがどこかで聞いた話からではなく、私にとっては、その交渉の可能性に関する真犯人が明らかになって逮捕されたら良いと思う。私は、最初も途中もない話に巻き込まれ、そして終わりもないだろう。たとえ処罰されても、完全に解明されないから。 あなたのキャリアの中で不思議な出来事について話してください。 エスピーリト・サント州のある主審が彼の別れの試合において口笛を吹きに行った。白髪であった彼が、格好良く見えるようにヘアカラーリング剤で髪の毛を染めていた。しかし、その日は雨が降っていた。試合後半には、選手たちは主審の顔に流れていた赤い物質が気になったので彼に注意した。主審は副審に「大丈夫か」と聞かれ、そしてあれは妻に塗ってもらったヘアカラーリングによるものでまだ乾いていなかったと説明した。これは面白い出来事だった。面白くないのは、私が21年間期待して待ち続けた試合から取り除かれた事。 あなたは、それらのケースについて本を書くことを考えてますか? 私は、「どうやって私が決勝戦から取り除かれた」というタイトルの本を書きたいと思ってる。でも実際には、私はパズルを組み立てるピースを持ってないので本には出来ない。それは大きいな劇場、喜劇になった。人々は責任を持たない。彼らはプロの男、一家の父親と遊びまわってる。 あなたはルールにおいて何かを変更したい事がありますか? 私なら、サンパウロで行われた実験のように、2人の主審を置く。自分のサイドだけで判定するではなく、フットサルやバスケットボール同様に、すべてをマークするために。現在、1人の主審がピッチ全体を走れるので、二人が走れば良いと思う。私の角度からは見えないかも知れないが、他の主審は見えるのでマークできる。もちろん、選手が間違って主審の前を通り、それによって判断できない事もあるので、これらの犯罪者を処罰するのに大変役立つだろう。 ……

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ジーコがCSKAモスクワと契約締結後、既にクラブの監督として発言

[2009.01.11]

ジーコは金曜日の21時頃にモスクワへと出発して、到着後ロシアで一泊目を迎える間もなく、CSKAと基本合意に達して3年契約を締結した。クラブ本部にて彼は、TV CSKAに対して第一回目の取材に応じた。 下記にてその内容を確認あれ。 TV CSKA:あなたはCSKAのオファーを受諾するにあたり何を最優先されましたか?ジーコ:ロシアサッカーに於いて歴史がある名門かつ強豪クラブであり、ヨーロッパサッカー有数のビッグチームに関しての話です。私も少なかれ謙虚にも自己は勝者だと自負心を持っており、Valery Gazzaev(ヴァレリー・ガザエフ)の仕事を継続していくつもりです。タイトル獲得に慣れ親しんだチームであり、意図を同じくして仕事に臨みたく思います。 TV CSKA:この取り組みに誰がサポート役として来るのですか? ジーコ:先ずは、7年間に亘り私のアシスタントとして務めており、その経歴には代表監督としての実績もある、実兄のエドゥーが一緒です。従って、彼に関しては多くを述べる必要はないでしょう。そして、フィジカルコーチとしてはパウロ・パイシャォンが継続し、他のテクニカルスタッフも今まで通りです。TV CSKA:あなたはCSKAの動向を見守っていますか? ジーコ:ベースとなる選手達は殆ど知っており、チームを熟知しております。何れの試合を観ただけではなく、私のフェネルバフチェ時代には対戦もしました。素晴らしい指導を受けていた、しっかりと組織化されたチームであり、勿論我々はそれを継続する必要があります。TV CSKA:あなたの就任によってチームに及ぼす主なゲームスタイルの変化とは何ですか? ジーコ:それは状況にもよります。重要なのは日々の中で常に向上するために何が出来るのかを見極めることです。構想は、継続性を持って、チームが勝者となれる様、徐々に改善するように試みることです。 TV CSKA:UEFAカップでのアストン・ヴィラ戦へ向けての時間が殆どありません。あなたはその状況をどう分析しますか? ジーコ:欧州の大会では、ロシアのチーム勢は大会カレンダーが異なると同時に、他はシーズン中でピークに達しており、この時期は常に不利な立場を強いられます。選手達は休暇明けなのです。我々はこの状況を技術面と超越心で乗り越えなければいけません。大会の規模を考えればモチベーションで全てを超過する必要があります。CSKAは組織化が良く図られたチームを有しており、編制面での変化も然程なく、これらの要素は利点でもあります。 TV CSKA:クラブとの交渉はどのように進行したのですか? ジーコ:平静かつ慎重な形でコンタクトが執り行われました。契約に関する如何なるディスカッションも時間を要するもので、締結するまでは公表してはいけないと思います。私は何れのタイミングに於いても契約の成否に関して述べておりません。でも、契約が締結された今は、CSKAのみ考えることが出来ます。仮に私が自由の立場であったならばもっと容易にことが運んだのでしょうが、私はブニョドコルで仕事をしておりました。そして、全面的に便宜を図ってくれたブニョドコル及び会長に感謝致します。この件に関しては強調する必要があるかと思います。彼らは最高の受け入れをしてくれて、かの地では素晴らしい時期を過ごすことが出来ました。 TV CSKA:私達はあなたに幸運を祈ります…。 ジーコ:忠誠と献身には事足りないことをサポーターの皆さんにお伝えしたく思います。我々は四六時中CSKAのことを念頭に置いて、私は依然として、サポーターの皆さんが喜びを得られるように常にベスト尽くすように試みます。 ……

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ジーコがロシアへ出発

[2009.01.10]

ガリンニョ(ジーコ)がタシケントからモスクワへと移籍寸前。ジーコは7日の夜に、最終的な詰めを行ってCSKAと契約を締結するべく、モスクワへと出発した。ブニョドコルとの友好的な解約と、ロシアのチームとの合意は成立予定だ。 ジーコのコメント:「まだ現時点では CSKA監督としてのコメントとはいかないが話し合いは順調に進んでいる。 後は契約解除の書類と新しい契約書に署名をするのみという状況だ。おそらく問題はないと思う。」ジーコはブニョドコルに2ヶ月強所属して国内リーグとウズベキスタン・カップの2タイトルを制覇している。……

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ザ・ファーストウイナー 燃える男ジーコと鹿島アントラーズ

[2009.01.09]

Jリーグ参加さえも危ぶまれ、周囲の予想では最下位とまでささやかれていた鹿島アントラーズが93ファーストステージでは奇跡の初優勝を遂げた。その秘密は一体何か?本邦未公開の映像を満載したジーコストーリーや、ファーストステージ名場面集を収録したサッカーファン待望のビデオ。 3800円(45分)  TBS 収録内容・ジーコストーリー・Jリーグ・ファースト・ステージ名場面集・必見!アントラーズ強さの秘密・プロサッカーがやってきた! アントラーズを支える鹿島町の人々 他……

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スターゲームハイライト映像!

[2009.01.08]

http://www.ziconarede.com.br/znrpub/pt_imprime.php?cod=4421……

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セルジオ・サッポ氏、ロシアのフットサル・チームと契約

[2009.01.07]

ジーコはCSKAモスクワと依然交渉中だが、ガリンニョ(ジーコ)のある身近な友人が既にロシアへの出発に向けてスタンバイ完了である。その名はフットサル監督のセルジオ・サッポ氏で、2003年からジーコの推薦で日本代表の指揮を執った彼は、今後はロシアサッカーの強豪クラブDínamo Yamalのフットサル・チーム監督に就任する準備をしている。 「私は日本代表で監督として貴重な時期を過ごして、実りある結果を残せたと思っております。今後は新たなる挑戦の時であり、Dínamoはロシア最高のチームで、現在国内リーグでは2位に付けており、UEFAカップでは準決勝進出を果たしているのです。」とサッポはサイトにコメントした。……

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Jogo das Estrelas(スターゲーム)と年の暮れ

[2009.01.05]

去る12月23日に、既に恒例となった「Jogo das Estrelas(スターゲーム)」を開催しました。今回も元チームメイトと現役名選手達、そして芸能人やスポンサー、最たるはサポーターの皆さんの力を借りての一体感溢れるイベントとなりました。5年連続してサポーターの皆さんは入場券を購入して、クリスマスの2日前にも関わらずに足を運んでくれたのです。この行為は紛れも無く、リオ・デ・ジャネイロ州北部とサンタ・カタリーナ州を襲った大洪水の水害者達への力強い支援を決定付けます。現時点では正確な収益は算出しておらず、2009年の年始に行う予定ですが、必要としている皆さんへそれ相応の援助が再び可能なことは間違い有りません。 この場を借りて、開催に際し先頭に立って指揮を執った私の次男ブルーノと長男ジューニオル・コインブラ、更にはアランとファービオからなるEagle社を讃えたいと思います。そして、直接または間接的に常に協力を惜しまない、ジーコ・サッカーセンター及びCFZ do Rioの職員の皆さんの仕事ぶりを際立たせる必要があります。更には、今回も我々に協賛してくれたBradesco Seguros e Previdência、各方面からの支援、リオ・デ・ジャネイロ州政府、Suderj、及び、マラカナンスタジアムに足を運んでくれた、又は、入場券を購入したものの観戦には行くことが出来なかった全てのサポーターの皆さんに感謝致します。 2008年に関して私が総括できるのは変化の一年だったと言うことです。年始はトルコでスタートを切り、ウズベキスタンでチャンピオンとして一年を終えました。大いなる誇りを感じさせてくれたフェネルバフチェでの時期を経て、その後は空白で年が過ぎ去ろうかと感じていた矢先に、創設間もない若きチームを指揮してアジアの強豪へと育てる試みというチャレンジ(挑戦)が訪れたのです。僅かに数ヶ月という期間で貴重なステップを踏んで、私の監督としての経歴に更に優勝の二文字を加えてブラジルへと帰国しました。そして、2009年は新たなるチャレンジ(挑戦)とともに訪れることでしょう…。 私は2008年最後のサイトの場を借りて、本コラム及び本サイト全体の総合的なアクセスアップに貢献してくれている、あなたに特別なる感謝の意を伝えさせて頂きます。そしてコメント掲載のスタンバイをしてくれているブロガーの皆さんにも感謝致します。サイトスタッフによると2009年は期待できるとのことです。本サイトの5年間は過ぎ去り、変化は来年へと持ち越されました。仮に彼らが期待の年だと発言するのであれば、確実に私は要求して行きます。 私が新たに訪れる一年に期待することは、あなたが今後も本コラム(ZNRコネクション)、Cantinho do Zico(ジーコの部屋)、Toque de Letra(図書館)やBlog(ダイアリー)などを継続してアクセスしてくれることです。そして、我々がこのアドベンチャー(冒険)を共に生きることでもあります。既に私は孫のフェリッペが何時しかキーボードをクリックしてサイトに参加する日を想像し始めます。まだ時間を要することでしょう。でも、時の流れは速く、気がつけば本コネクションのコラムも既に5年半が過ぎ去りました! 年始に本コラムを読んでいるあなたにFeliz(Happy)2009。はち切れんばかりの喜びと、溢れる平和と健康の一年であることを祈っております。そして、大洪水の水害にて生活基盤を揺るがされた人々が立ち直る力をもてることを願っております。私は心から応援している次第です。 それでは皆さん、次回のZNRコネクションでお会いしましょう。 言い忘れました! 私は暫しの休暇に入りますが、本コラムは短期間の中断で再開します。 2009年もヨロシク!……

in [ジーコの主張]

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療法のおかげでジーコがJogo das Estrelas (スターゲーム)に出場できた

[2009.01.02]

Jogo das Estrelas(スターゲーム)までわずか一周間前に、ジーコがウズベキスタンから帰国後に気になっていたこと、そしてライーとレオルナルドがGol de Letra財団のために行ったサッカー試合に参加してプレーしたことによって悪化した背中の痛みが心配になった。イベントの主催者がゲームに出場できない可能性を回避するには、 ジーコはCFZの医師を診察を受けた。そしてルイス・アレシャンドレ医師が背骨の椎間板の問題を発見した。 診断が下され、ジーコと一緒に日本で働いたことがある、クラブの理学療法士リカルド・デ・オリヴェイラの出番となった。彼は、彼のクリニック(Equilíbrio Corporal - ボディバランス)で、鍼、RPGと超音波の集中的な治療法を薦めた。3日間、午後には激しいリハビリテーション活動を行い、できるだけ休息をとった。 試合時には、マラカナンにおいて、ジーコはその結果が非常にポジティブであることを示した。 「気分がよかった。今回の治療は90分プレーして3つのゴールを決める為に重要であった。最も重要なのは、今日でも、ゲームの約3日後、私はまだいい感じでいる。少なくとも、私の背中は痛んでいない。」 鍼治療を受けるガリーニョとクラウディア・フェルナンデス医師     スターゲーム終了には、ガリーニョのカリスマが「患者だけでなく、従業員を魅了した」日々のお礼として、リカルドよりジーコに感謝のプレートが与えられた。 「ジーコがここで治療を受けていると知った時は、一部の患者がただジーコと一緒になれるように時間を変更して欲しがった」と、7年間鹿島アントラーズ、そして4年間日本代表で活動し2006年ワールドカップに選出されたリカルドが話した。 リカルド医師によって超音波を受ける  ワールドカップ後には、リカルドはリオに戻り、CFZでの仕事を再開し、そしてEquilíbrio Corporal (ボディバランス)クリニックのパートナーになるオファーを受け入れた。同クリニックはシネランジア市にて2000年に設立され、そしてRPG、鍼治療や物理療法の他に、ピラティス、ホメオパシー、スポーツでのけがのリハビリテーションを提供している。さらに、青と白(CFZチーム)のすべてのカテゴリーの選手たちは補足的な治療を受けている。 ジーコとEquilíbrio Corporalの共同経営者、リカルド医師とロベルト・サントス医師   「クラブで達成されて、クリニックで補われた仕事で、我々は障害のリハビリテーションのプロセスを速めることができる。そして、それで最も速く可能な限り、選手たちが活動に復帰できる」と、リカルドが語った。 Jogo das Estrelas終了後にジーコがリカルドより感謝のプレートを受け取る ……

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FELIZ 2009!!

[2009.01.01]

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