ジーコの部屋

フェフージェン、サッカーの空想家

[2008.09.17]

サッカー界には、人生の歴史をテーマにした一冊の本が書けるくらいの人物がたくさんいる。彼らの歴史の様々な「へま」についてお笑い番組を作ったり、あるいは論文としても公表できただろう。そう、何人かの人物の歴史は、学問によってしか説明できないから...

このコーナーでは、いつも好奇心が強くて面白い話を紹介し、フラメンゴ時代を知らない多くの人達にもその時に活躍した人物を紹介している。今回はフラメンゴのホペイロであった、フェフージェンとして知られていた、ジョルジェ・アントゥーネス。

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シンプルな人で優秀なホペイロ、そしてフェフージェンは今なら、企業心に富んだ人とも言える。いや、より良く言えば...現在は、サッカー界の企業家またはマーケティングや投資営のプロとして比較されたかもしれない。皆さんの頭は今混乱しているだろうから、話に進めよう。

当時フェフージェンはリミーニャ選手と、用具室での会話から生じた約束があった:

「リミーニャ、僕のエネルギーは強いぞ。用具管理を見ていて分かるだろう。僕がサッカー界のプロになった事は偶然ではない。それは、純粋なエネルギーと大量の応援によるものなのだ...」

リミーニャは、話がどこまで続くのか聞いていた...

「ミッドフィールドはもう君のものだ。約束をしよう。君はゴールを決めるようになる、そして僕はその目的の為に君の力になる。そうしたら1ゴールに対して、君は僕に応援とエネルギーのお礼として50プラッタ(金による俗語)をくれる。」

リミーニャ選手は変な提案と思ったが引き受けた。1ゴールにつき、フェフージェンは50プラッタをもらう。まあ、そこまでは何ともない。我々はサッカーでそういう話は何度も聞いた事がある。しかしながら、70年代の初めに私が昇格する一歩手前に、フェフージェンの空想的な意見を聞かされた。

「ジーコ、君は知っているだろう。リミーニャが得点を挙げた時は僕が50プラッタをもらう。そして現在、彼は絶好調。その理由を知っている?僕のエネルギー、応援のお陰なんだ。失敗する事はない。数々の選手がフェフージェンを助けてくれる、そして僕は彼らと一緒にプレーをする。」

早速、私は頭で計算をし、リミーニャは1年間につき、6~8ゴールを挙げていた ...

「ちょっと待って。リミーニャの得点数は少ないし、私は前でプレーをする!もっとたくさんのゴールを挙げるはずなのに、なぜ同じ金額を払わなくてはならないの?」

フェフージェンは立ち止まり、少し考えてから言った:

「だから、それがもう1つの理由だ。フェフージェンとの組み合わせでもっとゴールが増える...」

私たちは大爆笑をした。当然、彼はすでに計算をしていて、私の場合にはもっとお金を儲かる事を分かっていた。数学にも空想家であったフェフージェン。だって、リミーニャはフラメンゴ所属の間には29得点を挙げた、そして私はプロとして508得点。頭のいい奴だったな。しかしながら、私たちは合意に達して、各ゴールにつき15プラッタを支払う事になった。

「リミーニャが支払っている金額より、3分の1だぞ。それでも、応援やエネルギーは強く、そして君は多くのゴールを決める。間違いはない...」

実際に私はたくさんのゴールを挙げた、そして空想家のホペイロは、この約束のお陰で15年の間、1年間に1ヵ月分の給料に等しい金額を確保した。フェフージェンはフラメンゴとサッカーを愛した素晴らしい人物であった。そして、その2つの情熱を結びつけた、ガーヴェアのピッチで心臓発作を起こし、亡くなってしまった。

フェフージェン、万歳!

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