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フランス誌「Onze Mondial」にフェネル・ジーコ監督のインタビューが掲載されました。

[2008.01.31]

世界有数のサッカー誌である、フランスの「Onze Mondial」誌が、最新号で6頁にも及び、既に欧州主要クラブの一員に含まれた、フェネルバフチェの突出に関して特集を掲載した。 特集のタイトルは「Le Nouveu Riche(ザ・ニュー・リッチ)」で、カナリア軍団(フェネルバフチェ)でのジーコの仕事ぶりを際立たせている。ガリンニョ(ジーコ)はクラブでの2年目シーズンの中旬を迎えており、トルコスーパーリーグ及びトルコスーパーカップ制覇以外にも、重要なクラッシコで傑出した結果を残している。 更に雑誌は、トルコのクラブに在籍する大いなるブラジル人一味に捧げるスペースも確保している。そして、「Onze Mondial」誌の表紙を飾ったメイン特集は、マンチェスター・ユナイテッドのクリスチアーノ・ロナウドに関してである。 ……

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アフリカ・ネーションズカップ2008・ガーナ大会

[2008.01.30]

突然104名の選手達が欧州の諸大会を欠場してアフリカ大陸へと向かう状況を想像してもらえますか?何故ならば、私の見解からすればあらゆる要因がある故に、大変重要な大会である、アフリカ・ネーションズカップが開催される時期に、実際に起こっていることなのです。そして、この話題が今週のヨーロッパ・コネクションのテーマでもあります。  本サイトで、私がこのコラムを連載する様になって以来、アフリカ人のテクニックのクオリティーとパワーの調和に対する感嘆を、一度たりとも隠したことはありません。私は、仮にアフリカサッカーが重要なるタイミングで戦術面を応用できていれば、既にワールドカップのタイトルを手にしていたのではないかと信じています。すでにオリンピックと下部カテゴリーは制覇しています。   アフリカサッカーに関しては常に選手達の年齢に対する疑問も付き纏います。でも、直接的にこのディスカッションには関与しなくとも、最も重要なのは、18歳以降は既に然程大きな差異は無いと思うことです。従って、U-20以上の世代では、アフリカ勢は実際に強豪であり、決して昨今始まった事実ではありません。   私は、アフリカ・ネーションズカップが欧州サッカーに与えるインパクトを熟考してみました。正に驚くべきものです。ブンデスリーガー、プレミアリーグ、リーガエスパンニョーラとセリエAのみを対象に捉えても、60人もの選手達が主要クラブに所属しており、アフリカ・ネーションズカップの開催地であるガーナで各国の代表選手として参戦しているのです。そして、フランスに関しては異例であり、現時点に於いて1部と2部、更には3部ディビジョンも含めて、44選手を失っているのです。この現状はフランスの大会カレンダーにまでも問題を及ぼした程です。   これらの数字には二つの論点が伺えます。先ず一点目は、未だかつて無いほどに、次回のワールドカップを開催する大陸で競われているサッカーに注意深く目を向ける必要性がある事実です。コートジボワールは、開催国であるガーナと共に優勝筆頭候補国として名を挙げています。でも、カメルーン、ナイジェリア、南アフリカ、モロッコなどの伝統国以外にも、近年実力上昇中の、例えば、マリなどが名を連ねているのです。  そして、第二点目としては、アフリカ大陸が世界サッカーマーケットに対して新たなる人材供給者として確立しつつあることです。今日では、この観点から言えば南米大陸以上に手強いと言えるでしょう。この現象は、もちろん、選手達のクオリティーにより発生してはいるのでしょうが、組織の欠如や内戦、更には、各国の貧困故に、欧州クラブ勢のアフリカ諸国の有望な若人達への投資が安価と化しているのも起因だと言えます。  私はこちらトルコの地で数試合はテレビを通じて観戦する機会があり、ブラジルに居る皆さんはESPNブラジルを通じて観ることが出来る筈です。正にこれらの試合は一見に値します。Drogba、Eto’o、Kalou、更にはマリの選手で、我々の今後の対戦相手でもあるセビーリャでプレーをするKanoute選手など、ピッチで活躍する数多くの素晴らしい選手達を列挙すればきりがありません。私は、以前にもこのコラムで記述したように、アフリカサッカーはワールドカップ制覇の道を辿っており、注意深く動向を見守ります。そして、実現へと日々近づいていることを確信しております。 本コラムを、南アフリカ代表の指揮を執っており、アフリカ・ネーションズカップで、大陸での実力を試す絶好の機会にある、カルロス・アルベルト・パッヘイラ監督に幸運を祈りつつ、終えたく思います。彼の前途は、前回のワールドカップを闘ったアンゴラとチュニジア、更には2002年W杯メンバーを数多く残すセネガルを含む、「死のグループ」に属しており、大変厳しい現状です。ワールドカップ開催国として出場権を確保しているパッヘイラにとっては、これらの試合は大変重要であり、私は応援している次第です。 それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!また来週お会いしましょう!……

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フェネル、Sivassporに勝利!首位に勝点1差に迫る

[2008.01.29]

敵地で行われたトルコスーパーリーグの第20節、フェネルはKezmanの2得点、AlexとSemihの合計4得点をあげSivassporに4-1で勝利した。 フェネルは勝点44となり、4-0でAnkaragucuに勝利し首位になったGalatasarayに勝点1差に迫った。 ジーコのコメント:「零下七度という極寒の中での試合だったがチームの動きは良かった。数多くのチャンスを作りだし実際のスコア以上に点の取れた試合だった。 得失点の面でも優位にたち、首位にはさらに肉薄出来た」 ……

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トルコ杯グループリーグでフェネルは大量10得点で首位に

[2008.01.28]

フェネルは23日に敵地で行われたトルコ杯グループCリーグの最終節で Alanyaspor に10ー3で大勝した。トルコ国内での公式戦での最多得点記録となった。 FWのKezmanが4得点(45、76、78、80分) Aurelioが2得点 (30、66分)Ilhanが2得点(52、55分)Kemal(37分)Kazim(87分) ジーコのコメント:「今日の勝利は本当に価値のあるものだ。首位で次のステージに行くには得失点で相手を上回る必要があった為何としてでもという気持ちがこの結果となった。しかし展開自体はスコアとは対象的な形で始まった。特に前半30分位までは厳しかった。ハーフタイムでは再三、得失点差を広げることが首位抜けする為には不可欠であることを強調した。後半のチームの気迫は凄かった。比較的出場の機会が少ない選手達までが素晴らしい働きをしてくれた。チームの真の力を見せてくれたことで大変満足だ。さらに今日のスコアが歴史的にも記録として残ることに対して誇りに思う。」……

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なんだ、その名前は!?

[2008.01.26]

  プロサッカーの世界。外から眺める限り人は夢の様な選手生活を思い浮かべるだろう。世界中を旅行し、ましてや一般的にはレジャーて楽しむサッカーを生業としている羨ましい限りの人種、そんなイメージを抱かれていると思う。確かにプロサッカー選手というのは誰でもなれるものではないしある意味“特権”的な職業だと思う。私自身、「フラメンゴで10番をつける」という子供の頃からの夢を実現することが出来た。しかし決して現実はバラ色一色ではない。日々の厳しいトレーニング、壮絶な闘いの日々の連続、勝利の為に精一杯努力するが勝ち試合ばかりではない。負けた時の辛さ等、勝負の世界は常に神経を擦り減らすものなのだ 。今回はそんなプロサッカーの世界の一面をご紹介しよう。昨年の11月24日、トルコリーグで我々は Ankarasporをホームに迎えた。ホームゲームというのは常にグループ全員に大きなプレッシャーがかかる。特に我々のホームゲームでの強さは有名であるが為に「勝って当然」の空気の中で闘わねばならない。しかしながらこの大事なゲームに対しての準備の仕方はいつも通りで行った。エドゥ、モラシー等と共に相手の最近の戦い方をテープでチェックし長短所を探り出していく。それを再度テープに編集し選手を交えて試合前のミーティングを行う。このミーティングはやはり緊張感が漂う。私が現役の時もそうだったのだが、たまにこの張り詰めた空気を和らげるような笑いがミーティング会場を包むことがある。この日も調度エドゥが相手選手の特徴を伝達していた時だった「いいか、このビラウという選手は特に危険だ!後からスーッと来るから注意すること!」私はこの時点で笑いを押し殺すのに必死だった。何故ならまず“ビラウ”という名前はポルトガル語では全く別の意味がある。一生懸命に息子のことを考え命名された彼のご両親には誠に申し訳ないが。ブラジルでは“ブラウリオ”又は“ピント”あたりだろうか。そのうち一人のブラジル選手が「ビラウは“ギンギン”で入って来るぞ、みんな!」すると別の選手が「あぁ、でも心配ないよ。ヘタすれば主審が外に出すさ」また別の選手が「でも奴が右に移ったら誰が掴むんだ?」からかい半分にロベカルを挑発した。もうこうなったら誰にも止められない。相手選手の“厄介”な名前のお陰でミーティング会場は笑いの渦に巻き込まれた。しかし実際の試合になると選手達は一変しビラウを消しにかかり見事に相手のキーマンを押さえ込んでしまった。サポーターで埋め尽くされたスタジアムで4-2の見事な勝利をおさめた。アレックスはハットトリックの大活躍。当のビラウはノーゴール。しかも本当にゲーム途中で外に出されてしまったのだ。ただ主審にではなく自分のチームの監督によって後半、他の選手と交替させられたのだが。尚、渦中のエドゥはハーフタイムに「なぁ俺が言った通りだろう?ビラウはヤワじゃないだろう?」このビラウ・キサに関しての話題はまだ続きがあるがまた別の機会に。 ……

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フェネル、 Gaziantepに快勝!

[2008.01.22]

トルコスーパーリーグの第19節、フェネルは Alexが試合に復帰し5-0で快勝した。 フェネルの勝点41で首位Sivasは勝点43。ジーコはフェネルで96試合指揮し58勝となった。 ジーコのコメント:      非常に良い出来だった。自分達の底力をいかんなく発揮出来た為に比較的に楽な展開となった。得点の形もよかったし、なにより得失点差を稼ぐことが出来たのが後になって優位に働くのではないかと思う。これから水曜日の対Alanya戦(トルコカップ)向けてANTALYAに移動し調整をする。   ……

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2008年01月17日(木)

[2008.01.21]

ハ~イ。決定的となる年始めにチームの好調さを維持する調整のためにハードなスケジュールが続いているので、手短なポスティングだよ。では、早速写真紹介へといこう…。 先ずは大晦日から。結婚後初めて、妻のサンドラ及び息子達と遠く離れて年末を過ごしたよ。殆どのブラジル人が集まっていた、マルコ・アウレーリオの自宅を訪問した。そして、深夜12時は、娘達に風船や花火でパーティーを催したアレックス選手の家で過ごしたよ。写真は、この時ブラジルはまだ午後8時で、丁度こちらトルコで一足先に新しい年を迎えた瞬間だ。   今年の第1週目に私はロベルト・カルロス選手と共にトルコジャーナリスト協会から表彰を受けた。1枚目はトロフィーを受賞しているシーン。2枚目は素晴らしいトロフィーのアップ写真。 少し遡り、アンタリアにて。海岸沿いでのトルコ風昼食時に、Onder、MuratとIrfhanとのショット。   食べ物と言えば…、習慣とも言えるサポーターの皆さんがチームにお菓子を差し入れしてくれる摸用。ちなみに、とても美味しいよ! そして最後に、懐かしの一枚だ。Violino(バイオリン奏者)の異名で知られたCarlinhos選手は、彼の引退試合で私にスパイクを手渡してくれた。 それでは、また後程!……

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拮抗するトルコスーパーリーグ

[2008.01.19]

今年度初頭こちらトルコにて2試合に挑み、今シーズン後期の現実的な行方を占う上での異なる二つの状況に直面しました。トルコカップで厳寒の状況で大変困難な試合にアウェーで臨み、ホームではメイン選手達の欠場に戸惑わされながらトルコスーパーリーグを闘いました。現在、トルコスーパーリーグの上位4チームは混戦を繰り広げている状況です。そして、この内容が今週のヨーロッパ・コネクションのテーマでもあります。   我々の今年度1試合目となったKayseri戦は、先週の本コラムのテーマにもなりましたが、こちらトルコの冬は地域によっては零下20度に達することもあり、他チームも後に直面させられている、非常識且つ非人間的体験でした。でも、他の試合結果のコンビネーション故にトルコカップで我々が突き進む状況を十分に与えてくれたのです。今後も再度凍りつくSivasにて対戦を余儀なくされることもあり、トルコスーパーリーグへの大いなる教訓として価値ある一戦となりました。 先週の日曜日にはホームで、後半終盤残り10分に2対0で負けている状況下で、我々の反撃能力を問われる一戦でしたがイスタンブールBBと引き分けました。我々にとっての最も大きなダメージは中盤の選手達が怪我により欠場している事実でもあります。Appiah選手の重症、そしてDeniz選手の故障なのです。更には、Tumer選手のプライベート問題、Selcuk選手の出場停止、そしてAlex選手も怪我による欠場です。Alex選手に関しては、ゲームメーカーでありながら、フォワードもこなせる選手で、差別化を図れる人材なのです。正にチームの司令塔だと言えます。 仮に昨年度の選手層であれば、紛れも無く現時点で困難に直面していたのではないかと考えてしまいます。更に言うならば、この時期には選手達の復帰にも影響を与えてしまう寒さもあります。現時点では辛うじて移籍期間が一時開放されることもあり、仮に2選手が欠けるのであれば補強を試みる必要性があり、今後どのように対処すべきかを考慮します。 トルコスーパーリーグの順位表を一見すれば、上位グループに4チームが集中しており、下位グループでは一部残留を目指すにはKasimpasaが汗を流さなければいけない状況です。更には、Ankaraspor、 GerclenbirligiとVestel Manisaも油断は禁物だと言えるでしょう。 Sivassporがトルコスーパーリーグの首位につけていますが、4位のBesiktasとは勝点差が僅かに3なのです。そして、我々は首位と勝点差2で現在3位にいます。上位の勝点差はチーム毎に階段方式で僅かに1ですので、今後も激しい入れ替わりが予測出来ます。でも、我々には今後アゥエイでのクラッシコが4試合待ち受けているのです。何故ならば、今日ではSivasspor戦は伝統的な大一番と見做すことが出来るからです。更には、Galatsaray、BesiktasとTrabzonspor戦を控えています。強いエモーションは止まること無く、更には欧州チャンピオンズリーグとトルコカップも我々は視野に入れなくてはなりません。 勢力均衡や課題などは優勝を目指す者には付き物なのです。但し、私はこれらの困難を乗り越えてトルコスーパーリーグ2連覇達成と欧州サッカーシーンで更に上を目指すべく闘い続けられることを確信しております。前進あるのみです! それでは皆さん、また来週お会いしましょう! ウン・グランデ・アブラーソ! ……

in [ジーコの主張]

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トルコカップ:フェネルの勝利でCグループは大混戦

[2008.01.18]

トルコカップの第一次予選は残り2試合。フェネルはホームにSANLIURFAを迎え、3-2で撃破した。得点者はSELCUK(16分)KEZMAN(36分)VEDERSON(77分) この結果でCグループは大混戦となった。KAYSERI、GAZIANTEP、SANLIURFA、FENERBAHCHEの4チームがそれぞれ勝点5で首位に並ぶ。しかしながらフェネルが次節でALANYASPORを破った場合、自力で次のステージに進むことになる。SANLIURFAは一次予選全ての試合を消化しており、GAZIANTEPとKAYSERIは次節直接対決する。再び次節の状況を整理してみよう。 ★フェネルが勝利した場合次のステージ進出(首位または二位で) ★KAYSERIがGAZIANTEPに勝利した場合(又は逆の結果でも)フェネルが勝ち又は引き分けでも得失点で進出。両チームが引き分けた時はフェネルが首位で進出となる ……

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Istanbul BB戦後のジーココメント

[2008.01.15]

最悪の出来だった。そもそも我々の最初のシュートらしいシュートが83分という事実がそれを物語っている。まぁ反面、相手も攻め手にに欠ける展開だったが74分に先制されその後追加点を決められて2ー0とされてしまった。しかし私自身どんな状況でもそう簡単には諦めないが今日はチームも粘りを見せてくれた。最悪な展開の中でもコーナーからエドゥが続いてデイヴィドが同点弾を叩き込んだ。その後も勝ち越しのチャンスはあったが反撃もここまでだった。この結果我々が勝点38で首位とは2ポイント差との3位。上位4チームがそれぞれ1ポイント差でひしめき合う形となった。 ……

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2008年トルコスーパーリーグ初戦、フェネルは Istambul BBと引き分ける

[2008.01.14]

12日にホームSukru Saracogluで行われた2008年トルコスーパーリーグの初戦においてフェネルはIstambul BBと引き分けた。 74分  Istambul BBが先制、その6分後の81分にも追加点を挙げた。 この状況ではシーズン初のホームでの敗戦も考えられる状況であったが、85分に Edu Dracena 88分に Deividがゴールを 決め引き分けに終わった。 この結果でフェネルは勝点38で3位に後退した。首位はTrabzonsporに2-0で勝利し勝点40となったSivas。 Galatasarayは5-2で Rizesporに大勝し勝点39で2位に。 Besiktasは Konyaに2-1で勝利し勝点37となった。……

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零下10度でのサッカー

[2008.01.13]

現代サッカー界に於いて、高地又は耐え難い酷暑での試合開催に対する危険性及び必要性については議論する必要があると思います。それは、気温が零下での試合は一般的には開催されないからです。私が一般的と述べたのは、ウインタースポーツ以外には実施不可能な状況下で、我々は日曜日にKayseriにて約零下10度の気温に挑んだからです。そして、今週のヨーロッパ・コネクションはこの凍りつく地でのアドベンチャーに関してなのです。    サッカー選手としては、ウディネーゼでの極寒の中でのトレーニングを体験する機会がありました。芝に張った氷を取り除く作業を練習前に行ったことを想い出します。でも、あくまでも練習でした。 日本代表監督時代には、ドイツのドルトムントで、ボスニア戦を雪の中で戦いましたが、スタジアムには暖房設備が整っており、それほどの大きな問題ではありませんでした。実際のところ、雪の中でプレーをするのはそれほど困難ではことではないのです。昨年度はSivasで試合を行いましたが、寒さの状況によっては雨のようなのです。    Kayseriでの問題は寒さと環境への対策の欠如だったのです。零下10度の気温では、3千メートルの高地や正午での40度の高温同様に、プレーが出来るような状態ではありません。ロシア、ドイツ、ウクライナが、この季節に大会を中断するのは決して偶然ではないのです。そして今回、更に悪化させるかのように、気温の低下が激しいナイターゲームを選択しているのです。正に非人間的な経験でした。    写真でも伺えるように、ベンチ内で全員がフラッグに覆われている様子からも、問題の一部を垣間見ることができるかと思います。ピッチ上に暖房装置がなく、我々の衣類がどんなに厚くても、スキー用の防寒服とは異なり、何れかに包まれていない者は、足が凍えないように常時動いていなければならない状態でした。私が父に教わった知識であり、彼が寒さを緩和させるために実践していた靴内への新聞紙の使用を、私はトレーニングセンターのスタッフにシューズに応用するように勧めたのです。     これら全てに関して私が思うのは、多岐に於いてテレビやその他の利害関係を保護するために、スペタクルの質や選手達の安全性を危険に晒すということです。この件が熟慮されるには、ピッチ上で何らかの問題が発生する必要があるのか、私は自問をしてしまいます。Kayserispor戦が最悪だったのは一目瞭然でしたが、両チーム共に苦戦を強いられて、我々にとってドローゲームは有益であり、最終的には良い結果だったと言えます。但し、この気温でプレーすれば怪我も安易にし易くなり、即ち、零下10度での試合は危険なのです。    こちらトルコの第一人者やサッカー連盟の首脳陣がこの件に関してもっと注意深く視てくれることを期待しています。そして、ここに私からの異議を記しておきます。このような事態は有ってはならず、決して受け入れられないことであり、更に言うならば、人間がKayseriで試合したようなコンディションでプレーをするのは安全ではありません。スペタクルを損なうような状況に、選手、サポーター、記者、レフェリーの皆さんが、これ以上晒されるのは、プロスポーツに於いて決して相応しくありません!それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!また来週お会いしましょう!……

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ジーコとロベルトカルロスがトルコジャーナリスト協会から表彰を受け取る

[2008.01.10]

3日、アンタリヤのホテルでジーコとロベルトカルロスは 、TYSDトルコのスポーツジャーナリスト協会のパーティーに出席した。そして二人は同団体の45周年を記念してトロフィーが贈呈された。 "我々はとても美しいトロフィーを受け取った。セミナーでは我々ブラジル人がトルコサッカーに対してどのように感じているかについて話をした。約1時間の話となり、我々の現状、今シーズンについての抱負も語った。大変素晴らしいイベントであり、ここで感謝の意を表したい。"と、ジーコは語った。……

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2008年01月06日(日)

[2008.01.09]

やぁ~。今回はKayseriからのポスティングだ。日曜日には大変困難な試合を強いられた。町は雪に覆われており、気温はマイナス10度、そして、両チーム共にプレーが厳しい状況だった。皆さんがイメージ出来るように写真を数枚選別したよ。 チーム到着時の模様。 ホテルでの私の部屋からの光景。 下記は、到着時に私の携帯電話で撮った写真。 これは、地元のファンが呉れたプレゼント。 話題は変わるけど、天皇杯で鹿島アントラーズが元旦に更なるタイトルを獲得した。皆さんオメデトウ、そして、下記の写真ではサポーターの私に対する温かい表現と巨大フラッグを掲げている光景。 最後に、トルコへと出発する直前のリオ・デ・ジャネイロでの写真。説明は必要かな? それでは、また後程!……

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フェネルバフチェ、トルコカップでKayseriとドロー

[2008.01.08]

ジーコ指揮するチームは2008年初戦を、雪に覆われたKayseriの町で約マイナス10度の極寒の中で行った。そして、トルコカップ2回戦を地元チームと対戦して0-0のドローとなった。フェネルバフチェは1回戦でもスコアレスドローで終えており、勝ち点を2に伸ばした。同グループのGazieantep対Sanliurfa戦も1-1での引き分けとなった。 「マイナス10度の気温で、両チームの選手達が満足いくプレーが出来ない困難な状況下での試合は、結果的に我々にとっては良かった。スリッピーなピッチで、対応策が無い厳しい条件ではあったが、Gazientepが1-1で引き分けており、我々が2ndディビジョンの2チームとの残り2試合を勝利すれば、必然的に次のラウンドへの進出が決まる。」と、ジーコは語った。……

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フェネルバフチェ、アンタリアにて合宿!

[2008.01.06]

2008年元旦早々、フェネルバフチェは、この時期に厳寒地域から逃れ合宿する欧州及びアジアのチーム勢を迎え入れることで知られるアンタリアの町へと向かった。ジーコは、決戦となるチャンピオンズリーグ及びトルコスーパーリーグの試合前に、中間合宿を指揮する。「無事アンタリアへ到着して、我々は01月11日までこちらで合宿を行っています。今週の日曜日にトルコカップでKayseriとの試合を行う為に一度離れますが、試合後には再度こちらへと戻って来ます。」 カナリヤ軍団(フェネルバフチェ)にとって毎度のことながら、チームは地元サポーターに大歓迎されながら迎えられた。 ……

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興奮極まる年の瀬!

[2008.01.05]

今年は、本ジーコ・オフィシャルサイト開設以来、初めて年末年始の中断が行われません。何故ならば、今後は欧州のカレンダーに沿うことにし、従って、年末年始もサッカーのスケジュールはストップしません。あくまでも、シーズン中盤戦に突入したままなのです。そして、2008年の元旦はこちらイスタンブールで迎える関係で、今回のヨーロッパ・コネクションにはJogo das Estrelas(スターゲーム)を包み込んだ感動に関して多少語るべくテーマを選びました。 マラカナンスタジアムに長い時間を経て再びフラメンゴ・サポーターの前面に戻れたことは正に信じ難い出来事でした。試合開始前から、私が自宅からスタジアムへと向かう道程に於いて、数多く親子連れの家族達が試合観戦へと足を運ぶ光景を、車窓から目にすることが出来たのです。これが私の知っているマラカナンスタジアムであり、ヂーダ率いるフラメンゴをサポーターとして観るために足を運び、更には私がプロ選手として333ゴールを挙げた舞台でもあります。 日本及びトルコでテレビを通じて観る光景は多少異なっていることを告白します。勿論、チームの勝利に対して熱狂し、サポーターのパワーに感化されたものです。でも、再びかの地で得点を決めてサポーターに駆け寄ることは別格なのです。ペナルティーキックによる1点目はアゥエイサイドでしたが、過去に数多く決めた得点をパターンの、サポーターの前面での2点目は…、身震いがする感触でした。 そして、あのサポーターの温かい声援に応え続けるべく、何時の日にか、どのような状況であれど、何らかの手段で、この地へ戻らざるを得ないと、又しても目立ちたがりの念に駆られたかのような感じに浸りました。サポーターへ向かって走りながら、私はサッカーが与えてくれた素晴らしい数々の恩恵を再び感じたのです。 この特別なるエモーション以外にも、年末のイベントは最良でした。私の長男ジューニオル及び祭典の成立へ尽力してくれた全てのスタッフは称賛に値します。結局のところ、私が常に発言しているように、誰しも一人では何一つとして成し遂げられません。チームワークが重要なのです。当日参加して頂いた全員、即ち、選手達と元選手達、芸能人の皆さん、そして初期からのパートナーシップでもあるSportv局、更にはマラカナンスタジアムを開放してくれたEduardo Paes(エドゥアルド・パエス)氏と、又しても本チャリティーイベントの開催を可能とするべく手助けをしてくれたBradesco Seguros e Previdencia社に、感謝することが大変重要だと思っております。近々、施設への寄付の詳細を本サイトがお伝え致します。 私は今後数ヶ月間に亘り、こちらトルコでトルコスーパーリーグ及びチャンピオンズリーグでの決戦が待ち受けています。でも、私は永遠に、愛する妻サンドラの誕生日でもある12月27日に、あのマラカナンスタジアムで体感した一時を決して忘れません。このエネルギーの充電は大きな力となるでしょう。そして、2008年も終わりを告げる頃には新たなストーリーが待っており、紛れも無く、再び華麗なゲームが行われて、興奮極まる年の瀬となることでしょう…。 それでは皆さん、また来週お会いしましょう!ウン・グランデ・アブラーソ! ……

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スターゲーム、観客席からの「ジーココール!」

[2008.01.04]

スターゲーム、ジーコのゴールの瞬間に観客から撮った映像。日本では珍しいジーココールと揺れるマラカナンスタジアムが実感できます! http://www.youtube.com/watch?v=C0W44HBsWFc&eurl=http://www.ziconarede.com.br/znrpub/news/pt_news_maisnotic.php?cod=3808 ……

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2007年12月30日(日)

[2008.01.03]

ハ~イ。2007年ラストのポスティングだが、一息入れる時間はないよ。我々は既に1月の頭に試合を控えており、従って大晦日はイスタンブールで迎える。今年一年間のブロガー皆さんの、温かい配慮、応援、支援など、常に惜しまない振る舞いに心から感謝するよ。更に、来年はサイトスタッフが準備中の全面的に新しくリニューアル予定のサイトやこちらのブログでは常に他で見られない情報満載など、数多くの企画を予定しているのでご期待下さい。このスペースは更に私が皆さんと直接コミュニケーションを図れる場となる…。では、2007年最後の写真紹介へと行こう!次回は、来年だからね! 先ずは、サポーターが1987年コッパウニオンのレプリカトロフィーを持参して行ったパーティーと、事実である「フラメンゴは初代ペンタ(5冠)!」のフレーズがプリントされたTシャツの写真。 その直後にジーコ・サッカーセンターで、SBTの収録でAline Bordaloレポーターの取材に応じているシーン。 下記は、スターゲームでの舞台裏の写真。最高だった!協力してくれた全ての皆さん、そしてマラカナンスタジアムで大喝采を繰り広げて盛り上げてくれた3万5千人の観客の皆さんに特別なる感謝をするよ。足を運べなかった皆さんも、紛れも無くあの場に立ち会っていたかったことだと確信しているから。美しい祭典だった。アリガトウ! 喝采以外にも、観客席には私に対する気持ちを表現した温かいメッセージのポスターなどを数多くの目にすることが出来た。サイトスタッフが撮影した写真を2枚紹介。本当にアリガトウ! 招待客の友人達。レオナルドと中田。 私と、現在はスペイン在住のマジーニョ。 偉大なるアルダイールとジャウミーニャ。 ヴァーギネル・ラブとデコ選手。 試合前のベンチにて、アドリアーノとレオナルド・モウラ選手。 そして、ウオーミングアップ中の私の三男チアーゴ。彼は私の対戦チームでプレーをしてペナルティーキックで1得点挙げた。彼とマドゥレイラのチームに幸運を祈る! 最後に、それでは皆さんハッピーな2008年を!……

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起源

[2008.01.01]

2007年の年の瀬も押し詰まって来ましたが、身の上話は底を突きません。お蔭様で、今年度は貴重な勝利を挙げ、タイトルを制覇して、監督としての人生及び個人的な面に於いても、喜びの年となりました。但し、今回の本コラムは決して回想録ではありません。今回のヨーロッパ・コネクションを、私が今年出くわした特別なる発見である、一族の起源ともいえる父方の先祖へ捧げるべくテーマを選出しました。 懐かしき父、アントゥーネスの家系から私が受け継いだ名字でもあるアントゥーネス・コインブラの根源に関する情報追跡が何十年にも至りました。父がかつて説明してくれなかった理由と私自身も知る興味を持たなかった故に、彼は生れ故郷のトンデーラでの我々家族の先祖に関して、一度たりとも私及び兄弟達にも話したことがありませんでした。 その反面、最愛なるこちらも懐かしき母、ブラジルっ子のドーナ・マチウデは、ポルトガルのアゼメス地方からリオ・デ・ジャネイロへと移民してきた母方の祖父であり、私の名前へのインスピレーションともなった、アルトゥール・フェッヘイラ・ダ・コスタ・シウヴァの由緒に関しては多少ながら語ってくれました。彼が、キンチーノに陶器製造所を構えて、ブラジルにセラミックを導入した本人なのです。チジューカの森には現在でも彼が国内へ持ち込んで、母の兄弟に当たる叔父のホドウフォが描いた、色彩タイルが存在しています。 父方への疎さの方が大きく、必然的に私の興味はトンデーラへと引かれたのです。そして、今年2007年に私は兄弟達及びブラジルの他の親戚の力を借りてアントゥーネス・コインブラの来歴と直面できたことで多少ながらこのセンセーションを緩和出来ました。私の三男チアーゴがアルガルヴェ地方に一時滞在していたこともあり、現在ではポルトガル国籍を取得した私にとっては第二の故郷でもある、ポルトガルを訪れる機会に恵まれたのです。 僅かなる時間を割くことが出来たので、チアーゴとサンドラを連れてヴィゼウ県のトンデーラの町まで足を運び、私の父が、生まれた1901年から、祖父死去後に祖母エリーザが息子達を連れて渡航した3又は4回目の旅でブラジルへと渡る1909年まで、住んだ家を訪ねました。この点が私にとっての大きな疑問でしたが、今回解明することが出来たのです。私の父方の祖父は近隣の町ボツーリョの出身で、エリーザと知り合って結婚をし、トンデーラ村のフィラルモニ-楽団のミュージシャンとして有名になったのです。更に、我ら一族はトンデーラとボツーリョ以外にも、モレリンニョス、ポルト、モウロースにも分家があることを発見することが出来ました。 我々家族の記憶を辿れば、私の母に更なる一族の情報を捜し求めたのです。母ドーナ・マチウデはスペイン・ワールドカップ後の1980年代にトンデーラを訪ねています。彼女はかの地の父方の親族との連絡があり、その際に私がロシア戦で着用したユニフォームを従兄弟のゼー・コインブラへ持って行ったのです。そして、下記写真の1枚はその従兄弟と会った時に、他の親戚とも一緒に撮った写真で、正に私の母が手渡したユニフォームを彼は手に持っております。 父方の親族が辿った他の行方への我々の情報調査は今後も継続します。でも、トンデーラに於いてのアントゥーネス・コインブラの過去の一部に出会えた事実は、私の人生にとっての大きな幸せであり、この特別なる2007のプレゼントだと告白します。私のコラムを読んでくれている皆さんは自分が如何に家族と過去を尊重するかご存知だと思います。そう言えば、今年は今までにかつて無いほどに過去の夢を見るようになりました。私の幼年期を詳細に、又は少年時代の出来事など、失われていたかのようなストーリーが再び私の記憶に蘇えりました。 紛れも無く、私の人生にはこれからも辿るべく長い道程が待ち受けていることは確信しておりますが、空白となっていたスペースを埋めながら、新たなる発見の下、前進します。ミュージシャンだった祖父が次男ブルーノの音楽への興味を若しかしたら説明してくれます。果たして誰が解明してくれるのでしょうか?画家の叔父の存在があれば、絵描きの兄、執筆が大好きな兄弟、クストーヂオ・コインブラのように写真家の従弟達など、我々の芸術との関係を裏付けてくれるかも知れません。一体誰が教えてくれるのでしょうか?重要なのは熟考して、如何に我々自身の歴史を発見することが心地好いかを知ることなのです。正にそれが家族と言えるでしょう。 イエス・キリストの生誕を記念するこの聖なる日に、本コラムを読んでいる皆さんがこれら全てを熟慮してくれることを願っています。貴方の生い立ち、今の貴方がそこに存在する過程に於いての家族、更には将来構成するであろう家庭に関しての内観です。 それでは皆さん、メリークリスマス!そして新年おめでとう! ウン・グランデ・アブラーソ! ……

in [ジーコの主張]

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