ヨーロッパコネクション

共に過ごしたかった日々

[2007.10.22]

今週の頭に、私はこちらフェネルバフチェの記者会見に出席して、現地の記者陣の前面へ初めて髭を剃らずに顔を現しました。この件に関して質問をされて、私はこのような風貌はリーグが一時中断しており、試合が無いこともあり、顔の肌を休ませているのだと返答しました。実際には嘘ではないのですが、真実は語りませんでした。私が無精髭を伸ばしていた理由を今週のヨーロッパ・コネクションで述べることにします。

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決して異議申し立て行為だとは言えず、私のこれまでの経験で既に子供っぽい姿勢を許容出来ません。でも、この無精髭をある一種のマニフェストと呼ぶことは可能であり、正に私が現時点で感じている気持ちを表現する方法でもあります。つまり、この大事な一時に私はリオ・デ・ジャネイロで、息子達及び妻のサンドラの身近に居たかったからです。

特に重大な出来事が起こった訳ではないのですが、私はサッカーを心から愛する人物であり、ピッチ上と遠征に人生を費やしながらも、かつて家族から遠く離れて過ごすことに慣れていないのです。このようなスポーツ界で生きる多くの人物が似通った状況にあることを理解しておりますが、私は決して順応することは無く、常に家族との距離を縮めるために闘い続けます。先週の日曜日は「こどもの日」でしたが、息子達の学校で如何様なお祝いの場に彼等の隣で過ごすチャンスに私は殆ど恵まれなかったことを想起します。この役目は妻のサンドラ自身が時間を割きながら、今日に至り稀に見る適正さで常に立派に果たしてくれ、更に母方の祖父が慈しみを持って私を代行してくれていました。

尚、今週の月曜日は長男アルトゥール・ジューニオルの、そして火曜日は次男ブルーノ・コインブラの誕生日でした。その反面、末っ子のチアーゴ・コインブラは正にポルチモネンセでチャンスを得つつある絶好のタイミングで腕を骨折して、日曜日にポルトガルから帰国したのです。今週は私が彼等の側に居て力になってあげるには十分なる理由だと言えます。

善く善く考えて見れば、次男のブルーノが父になる事実、即ち私が祖父になることを、彼が電話にて伝えたストーリーを、本サイトの「ジーコの部屋」にて語ったことが、今回のコラムを書くきっかけとなったのではないかと思います。あの日の感動は余りにも大きく、彼は如何に私がその場に居て欲しかったかを繊細に訴えるべく、ブルーノのコラムは私を感傷的にしたのです。

コネクションのコラムでこれ程までに私的な話を述べるのは今回が初めてではないかと思います。でも、同時に、私が選択し、誇りに感じる、このサッカー人生全てに於いて、これらの話も公然なのです。ピッチ上での勝利、努力と数多くの旅により、私は成熟することが出来、新たなる文化の知識を得て、私自身十分に自覚している優遇された生活水準を家族に与えることが出来ました。

これらの素晴らしき獲得が私を誇らしげに感じさせてくれて、今は監督としての道を歩み続けるモチベーションを与えてくれていますが、感傷的な面での損失を消し去ることはありません。正に人生なのです。でも今日では、彼等の人生に於いてどんなに長い間遠く離れていたことかを自覚しており、未だかつてない程にサンドラと息子達との一時や、家族旅行の一つ一つを大事にします。

現時点での、身体的な苦痛は腕を骨折したチアーゴなのですが、同じ出来事にブルーノが見舞われた際に身近に自分が居られなかったことを同様に悲しく思い起こします。ブラジリアとの距離故の無力さでもありました。でも、全てが過ぎ去ります。

今は、実兄エドゥーの支援とモチベーション溢れるこちらフェネルバフチェでの仕事、更には息子達が彼らと共に特別なる日々を共に私が過ごさない事実は私自身の都合で無い所以だと理解してくれている確信が、今迄の損失を補ってくれています。正に任務遂行の厳しさなのです。

以上が、ブルーノの「ジーコの部屋」に対する私の返答でもあります。

今は、自己が想像した以上を与えて頂いたことを日々神に感謝致します。但し、今日私が感じるこの心の痛みを多少なりにも和らげることが出来ない事実も繰り返し述べます。歩み続けるモチベーションと平行して一文に省略できる気持ちが伴います。それは、「息子達よ、どんなにこの瞬間を皆と共に居たかったか」の一言です。

それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!

また来週お会いしましょう!

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