ジーコの主張

暴力反対・サッカー賛成

[2007.05.26]

先週の土曜日に私は、特定として自我を巻き込んだ出来事ではなく、全てを含有したガラタサライーとのクラッシコ(ダービーマッチ)での事件で、プロフェッショナル人生に於いて最も嘆かわしい瞬間に直面しました。私はチームの指揮を採ることも出来ず、更に両チームがまともにプレーすら展開出来なかったことで、最終的に試合で損害を被ったのはサッカーそのものだったのです。今回のヨーロッパ・コネクションのコラムは、実際に起こった内容を把握する機会に恵まれなかった皆さんに多少ながら詳細を伝えながら、全ての皆さんが省みることを願うものです。

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既にトルコリーグ優勝が決定していた我々のチームは、最大のライバルとのクラッシコを敵のホームで迎えました。しかしながら、残念なことに試合開始時からまともにベンチワークが出来ない状態だったのです。私が監督としての職に就いてから今日に至り、唯単に何一つアクションが起こせなかったのは今回が初めてであり、約20分間に亘って指揮の中断を余儀なくされました。

紛れも無くサッカーを愛しておらず、勝利の価値を高めるためにはライバルの存在が重要であることを理解していない集団の行動です。もちろん全サポーターを判定するのは決して公平だとは思っておりません。競争心、勝利への欲望は…、万事オーケーと見做すも、決して敵意が試合の一部となってはいけません。試合会場のスタンドから、水やその他想像可能な全てが入ったコップや、石ころ、乾電池、更には観戦椅子まで、ありとあらゆる物が投げ込まれたのです。そして、我々のベンチサイドでは約5分毎に爆竹が絶え間なく放たれました。

今回ブラジルで報道された写真が理由で、多くの人達が私の肉体的健康を心配してくれた事実も知ることが出来ました。あの写真が撮られた瞬間、私が目を瞑っていたのは、足元で爆竹が爆発した直後に込み上げた怒りの表出だったのです。試合は正に無秩序状態でした。警察隊員の手盾によるガードでの通路がなければ、ピッチへの入退場はきっと可能ではなかったことでしょう。

そして、その後テレビを通じて映像を観ることで、私は更に仰天しました。しかしながら、本来私は天性の楽天家であり、我々はこれらの出来事から何らかの教訓を得るべきだと考えるのです。先ず一つ目は、このような蛮行にストップをかける瞬間がこちらトルコには訪れたと言う事実です。後僅かで選手達が大怪我しかねない状況に立たされて、我々は悲劇に見舞われる一歩手前だったのです。これが限界だと私は思います。サッカー保護のために全員が団結する時が到来したのです。そして、すぐ身近にはイングランドが我々への実例として存在しています。どん底へと陥りましたが、準拠法を見直し、テクノロジーに投資して、選択肢を見出したのです。こちらトルコでも困難な時期を過去に迎えた際に、インテリジェンスを駆使して一部解決した経緯があります。トルコを、バイオレンスではなくスポーツの道へと再度導くべく、再びこれらのアイディアを実行するタイミングなのです。

私自身協力を惜しまずに、平和とサッカーの保守キャンペーンを目的として、全てのクラブが団結することを公に呼びかけます。チームフラッグへの愛着心やピッチ上での争乱は忘れて、スポーツという最たる善のために全員が団結して立ち上がる必要があるのです。トルコも、イングランド同様に立ち直らせることが可能であり、その為に現在はどのような状況であるかを理解するべくイギリスのクラブ勢が展開しているサッカーを一目見れば事足ります。遅過ぎることなど決して有り得ません。

このメッセージはトルコに対してですが、私同様にサッカーにパッションを持ち、試合及びサッカーを守ろうとする全ての人物に当て嵌まります。バイオレンスが脳裏を過ぎることで、試合スコアを忘れざるを得ない状況は余りにも悲嘆的であり、今正にアクションの時が訪れたのです。クラブ首脳陣、選手達、テクニカルスタッフ勢、サポーターの皆さん、マスコミ関係者など、全ての人々が目的を同じくして団結しなければいけません。正に、これが我々の挙げられる最も美しいゴールだと言えるでしょう…。

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それでは皆さん、また来週お会いしましょう!
ウン・グランデ・アブラーソ!

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