制覇
[2007.05.19]
サッカーは、常に私に大いなる挑戦と数多くの喜びを与えてくれました。ピッチ上で闘っていた現役時代も同様だったと言えます。でも、新たなるキャリアを目指すことで、チャレンジ精神が増すようなシチュエーションになると、その瞬間の喜びが目的へと変化します。この日曜日に、我々の目的を達成したことで、私は監督としての大きな喜びを得ました。今週のヨーロッパ・コネクションは、優勝を成し遂げた翌日に、自己の視点から、このストーリーを多少ながら語りたく思います。
サッカー日本代表指揮官としての私の任務の終了する間際、フェネルバフチェから監督としてのオファーが届きました。カルロス・アルベルト・パッヘイラ氏を含む、他の数人の監督が候補に挙げられていたのです。そして、こちらトルコ及びクラブでも大変尊敬されている、パッヘイラが誘いを断ると同時に、私を推薦してくれたのです。真のプロフェッショナルが他に仕事を託すことは大変美しくも重要であり、今日私はその行為に感謝しなければいけません。今回の場合、パッヘイラは私の仕事ぶりを保証してくれ、その甲斐あって勝利へと辿り着きました。
リーグ戦2節を残して優勝を手にしたこの瞬間には全てが容易だったかのように見え、仮にこの瞬間が祭典ならば、我々が実際に直面した数々の難関を知らないからです。残念ながら、欧州大会に向けて理想なる準備がされていない状況で、私はチーム作りを行わざるを得ませんでした。我々は早々と欧州チャンピオンズリーグ予選ラウンドで敗退を喫して、その後にのみ補強選手が合流したのです。今日冷静に分析すると、仮にUEFAカップで突き進んでいたならば、トルコリーグで真剣なる問題に直面していたのではないかと思います。我々のグループは24選手で編成されており、同時に3大会に臨むには少なすぎると言えるでしょう。結局、最後の試合では僅かに18名のみが起用可能な状態だったのです。それにも関わらずに、UEFAカップとトルコカップでは良い結果を残すことが出来たと言えるのではないでしょうか。そして、最も重要なのは我々がトルコリーグで手掛かりを失わなかったことなのです。
レース中に馬に鞍を付けたのみでは事足りず、今期はクラブ創設100周年ということもあり、特別なる年でもありました。チームへの投資は高額でしたが、それに対する要求も比類し、更にはフェネルバフチェのトルコリーグ優勝回数が天敵のガラタサライーと同じく16回だという事実が重なりました。そして、その決着は我々の優勝で決まったのです。この最たる責任が、タイトルをより大きな喜びへと変えてくれます。
パッヘイラを例に挙げましたが、更にはこちらのクラブで連覇を達成した開拓者を想起しない訳にはいきません。ピッチ上での名選手であり、監督としても1970年代にフェネルバフチェを黄金期へと導いて、歴史を築いた名監督なのです。その先駆者のヂヂーも我々と共にチャンピオンであり、更に私は、歴史は常に回想されて保持され続けなければいけないものだと思います。紛れも無く、彼は天から我々を応援してくれており、そして今、彼とパッヘイラに加えて新たに私の名がフェネルバフチェの100年史を築くべく、貢献をしたブラジル人として刻まれたのです。正に最高の名誉なのです!
されど、まだ幕は依然として閉じた訳ではありません。トルコリーグはあと2節残っており、我々は勝利をすべく闘い続けます。長きシーズンを通じて我々はアドバンテージを維持することが出来、現時点で優勝カップを手にすることを可能と出来たのですが、我々は常に勝利を目指してピッチへ臨みます。我々は欧州サッカーシーンに於いてクラブの地位確立の時期を迎えており、遠くに焦点を合わせている者にとっては、常に集中力が必要とされるのです。残り2試合は我々にとっての祭典かも知れませんが、次なるチャンピオンズリーグへ向けての新たなプロジェクトの始まりでもあるのです。今回は時間を有しており、辿り着くべく力を備えていることを認識しています。我々は、今年以上に更なる献身をする必要がありますが、チームに対する期待も大きいと言えるでしょう。
正に素晴らしい初年度でした。クラブ創設100周年の真っ只中でのタイトルと、大いなる展望が持てました。そして、私は、全ての関係者、テクニカルスタッフ、クラブ職員、選手達、更にはた異常なまでの祭典を繰り広げてくれた熱烈なサポーターの皆さん、そして、遠方からインターネットをアクセスして、サイトを通じて私と一緒に熱狂してくれた貴方に感謝しつつ、今回のこのコラムを終えたく思います。皆さん、ムーイト・オブリガード(アリガトウ)、そして、終わりなきチャレンジへ向けて前進あるのみです!
と云うことです!
それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!
また来週お会いしましょう!


