バックナンバー

2007年05月29日(火)

[2007.05.31]

やぁ~。皆さん、祝杯の日々が続いたよ。そして、数日間のオフに突入するので、少しの間お休みだ。その前に、数枚の写真と信じられないような制覇のストーリーをピックアップしたよ。先ずはAnkaragucu戦での表彰式のシーンだ。 土曜日の試合前に、フェネルバフチェのマスターズ戦にエドゥーと一緒に出場した。サイトスタッフがゲームの写真を3枚撮ってくれた。 そして、試合後にはこちらで最も大きなレストランの一つを貸し切りにしての祝勝会を… 私とチアーゴの間にいるのは、退団が決まっているUmit Ozat選手だ。彼は来期からドイツでプレーをすることになっている。素晴らしかったのは、最後の試合で彼は私に交代を直訴して、結果的に得点を決めて彼の喜びも倍増したことだ。 身の上話も添えて下記の写真で終えるよ。皆さんは、レストラン内で我々がナプキンを振っている模様が伺えると思う。実際に何が起こったかは私の長男ジューニオルが語ってくれるよ。 「私は、過去サッカーに関してこれと似通った光景を目にしたことはいまだかつて記憶に無い。サポーターの崇拝振りに、トルコで直面したのはまるで宗教の祭典のようだった。正に強烈無比な祝勝会だったと言える。選手達が熱狂したメダルの授与式が特別なる感動を与えてくれた瞬間はではなかったかと思えた。勿論、そこに参加していた父と伯父に対する感覚は格別だった。サポーターが絶え間無く飛び跳ね続けて、チームソングが闘いへの雄叫びのように聞こえ、花火の祭典など、全てがセンセーショナルだったよ。そして、レストランでは父にナプキンを振るように刺激したことで彼はその気になった。気が付けば、全員がチームソングを歌いながら、同じようにナプキンをなびかせていた。正に感無量…。」 と、言うことだ。ナイスだね、ジューニオル! それでは皆さん、また後程! ……

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ジーコが監督として150試合を達成

[2007.05.30]

土曜日のフェネルバフチェがAnkaragucuを下した試合はジーコにとって監督としてのキャリアに新たな記録を加えた。サッカー監督として4クラブの指導者を務めて4タイトルを獲得したガリーニョ(ジーコ)は、今回で計150試合を達成した。本日の勝利は83勝目であり、55%の勝率である。そして、フェネルバフチェでは60試合35勝の成績だ。 「スペシャル以上のシーズンに於いてスペシャルな一日だ。本日のような祝勝会となった試合でこのように特別な数字を祝えることは素晴らしい事実だと言える。私が選んだ職業に於いて大変険しい団体業務の成果であり、とても喜ばしく感じる次第だ。私のマラカナン時代を想起させるこの素晴らしいサポーターの前面で手にしたこのタイトルが150試合を飾ってくれたことを神に感謝して、今後も前進あるのみだ。」 ミニ知識 鹿島アントラーズが監督不在となった際に、監督代行として指揮を執ったのがジーコにとっての初めての経験である。更には、CFZ do Rioでも監督代行として3試合務めている。但し、実際に監督として就任したのは、2002年W杯後の日本代表である。そして、彼の地でアジアカップとキリンカップを制覇して、2005年には世界で7番目のベスト監督にも選ばれている。そして、2006年のW杯後に、ジーコは100周年を迎えるフェネルバフチェの監督に就任したのだ。カナリア軍団(フェネルバフチェ)はトルコリーグ以外にも、今年開催された4チーム対抗の国際大会であるアンタリアカップも制している。 ……

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フェネルバフチェ、最高の結末でシーズンを終える!

[2007.05.29]

土曜日、ホームサポーターで満員に埋まったSukru Saracogluスタジアムで、フェネルバフチェはトルコリーグ2007最終節をAnkaragucuと対戦して、3-1で勝利した。リーグ戦3節を残してタイトルを決めたジーコ監督率いるチームは、祝勝気分で試合に臨み、前半に失点を許してしまった。でも、後半に入り、カナリア軍団は破壊的な勢いで、55分にUmit Ozat、62分と81分にKezmanが決めて、立て続けに3得点を挙げた。 フェネルバフチェは、全34試合中20勝して勝ち点70で、2位のベシキタシュに9ポイント差をつけての戦績でリーグを終えた。そして、大会得点王は中盤のアレックス選手が獲得した。100周年を飾るに相応しい制覇となった。 ジーコのコメント:「スタジアムを訪れた全員にとって忘れられぬ祝勝会となり、このような試合の分析は難しい面がある。消化試合とも言えたゲームは両チーム共に積極的な展開をみせ、6対5あるいは7対6のハイスコアでも可笑しくない流れだったが、幸いにもこの特別なる年を逆転勝利で締めくくることが出来た。試合前に我々は優勝トロフィーを受賞して、その後、私とエドゥーはフェネルバフチェの歴代の選手達と共にミニゲームに出場した。試合が3対1となった以降も信じられないような歓喜のパフォーマンスが続いた。紛れも無く永遠に記憶に残る一時だったと言えるだろう。更に感動的だったのは特別なシーンではAquarela do Brasil(ブラジルの音楽)が流れたことだ。正に感慨無量であり、最たるは妻と息子達がいたことも喜びを倍増してくれた。そして、今はエネルギーを充電する時だ!」 ……

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2007年05月22日(火)

[2007.05.27]

ハ~イ。息子達がフェネルバフチェのタイトル獲得を祝いに訪れており、私にとって特別な一週間だ。とても貴重なこの瞬間に家族と一緒に祝杯を挙げられるのは大変喜ばしいことだよ。 そして、大勢の仲間と一緒に来てくれた。下記の写真は左端から、友人モラシー・サンターナと妻のダイアーニ、続いてブルーノの妻ダヌービアとブルーノ本人、そして、エドゥー、サンドラ、私、チアーゴの彼女マリアーとチアーゴ、最後にジューニオルだ。 息子達とのショット。 こちらイスタンブールにて、マギーラことファービオも出席しての、家族での夕食会。  今回のポスティングは、こちらでの警告となるべく嘆かわしい写真で終えるよ。乱暴な行為にストップをかける時だ。ガラタサライとのー戦で、約70%の椅子が壊されてピッチへと投棄された。 それでは、また後程!……

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暴力反対・サッカー賛成

[2007.05.26]

先週の土曜日に私は、特定として自我を巻き込んだ出来事ではなく、全てを含有したガラタサライーとのクラッシコ(ダービーマッチ)での事件で、プロフェッショナル人生に於いて最も嘆かわしい瞬間に直面しました。私はチームの指揮を採ることも出来ず、更に両チームがまともにプレーすら展開出来なかったことで、最終的に試合で損害を被ったのはサッカーそのものだったのです。今回のヨーロッパ・コネクションのコラムは、実際に起こった内容を把握する機会に恵まれなかった皆さんに多少ながら詳細を伝えながら、全ての皆さんが省みることを願うものです。 既にトルコリーグ優勝が決定していた我々のチームは、最大のライバルとのクラッシコを敵のホームで迎えました。しかしながら、残念なことに試合開始時からまともにベンチワークが出来ない状態だったのです。私が監督としての職に就いてから今日に至り、唯単に何一つアクションが起こせなかったのは今回が初めてであり、約20分間に亘って指揮の中断を余儀なくされました。紛れも無くサッカーを愛しておらず、勝利の価値を高めるためにはライバルの存在が重要であることを理解していない集団の行動です。もちろん全サポーターを判定するのは決して公平だとは思っておりません。競争心、勝利への欲望は…、万事オーケーと見做すも、決して敵意が試合の一部となってはいけません。試合会場のスタンドから、水やその他想像可能な全てが入ったコップや、石ころ、乾電池、更には観戦椅子まで、ありとあらゆる物が投げ込まれたのです。そして、我々のベンチサイドでは約5分毎に爆竹が絶え間なく放たれました。 今回ブラジルで報道された写真が理由で、多くの人達が私の肉体的健康を心配してくれた事実も知ることが出来ました。あの写真が撮られた瞬間、私が目を瞑っていたのは、足元で爆竹が爆発した直後に込み上げた怒りの表出だったのです。試合は正に無秩序状態でした。警察隊員の手盾によるガードでの通路がなければ、ピッチへの入退場はきっと可能ではなかったことでしょう。 そして、その後テレビを通じて映像を観ることで、私は更に仰天しました。しかしながら、本来私は天性の楽天家であり、我々はこれらの出来事から何らかの教訓を得るべきだと考えるのです。先ず一つ目は、このような蛮行にストップをかける瞬間がこちらトルコには訪れたと言う事実です。後僅かで選手達が大怪我しかねない状況に立たされて、我々は悲劇に見舞われる一歩手前だったのです。これが限界だと私は思います。サッカー保護のために全員が団結する時が到来したのです。そして、すぐ身近にはイングランドが我々への実例として存在しています。どん底へと陥りましたが、準拠法を見直し、テクノロジーに投資して、選択肢を見出したのです。こちらトルコでも困難な時期を過去に迎えた際に、インテリジェンスを駆使して一部解決した経緯があります。トルコを、バイオレンスではなくスポーツの道へと再度導くべく、再びこれらのアイディアを実行するタイミングなのです。 私自身協力を惜しまずに、平和とサッカーの保守キャンペーンを目的として、全てのクラブが団結することを公に呼びかけます。チームフラッグへの愛着心やピッチ上での争乱は忘れて、スポーツという最たる善のために全員が団結して立ち上がる必要があるのです。トルコも、イングランド同様に立ち直らせることが可能であり、その為に現在はどのような状況であるかを理解するべくイギリスのクラブ勢が展開しているサッカーを一目見れば事足ります。遅過ぎることなど決して有り得ません。 このメッセージはトルコに対してですが、私同様にサッカーにパッションを持ち、試合及びサッカーを守ろうとする全ての人物に当て嵌まります。バイオレンスが脳裏を過ぎることで、試合スコアを忘れざるを得ない状況は余りにも悲嘆的であり、今正にアクションの時が訪れたのです。クラブ首脳陣、選手達、テクニカルスタッフ勢、サポーターの皆さん、マスコミ関係者など、全ての人々が目的を同じくして団結しなければいけません。正に、これが我々の挙げられる最も美しいゴールだと言えるでしょう…。 それでは皆さん、また来週お会いしましょう!ウン・グランデ・アブラーソ! ……

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「ジーコ備忘録」発売開始!

[2007.05.23]

2006年5月15日。ワールドカップドイツ大会に向けたメンバー23人が発表されました。本書内でもカギとなっているこの日から、ちょうど1年後の2007年5月15日。“日本サッカーのために”書き残した『ジーコ備忘録』定価:1890円(税込)が発売になりました。    2006ワールドカップ日本代表監督、ジーコが理解しきれなかった日本人のメンタリティとは…?今明かされる2006ドイツワールドカップ代表監督の真意! 2002年7月22日の日本代表監督就任以来、ジーコが歩んだ4年間の苦悩と葛藤の日々、そして姿を変えつつ成長していったサッカー日本代表を克明に記録。期待に胸膨らんだ「黄金の4人」の形成、奇跡的な優勝を遂げたアジアカップ……、接戦の続いたワールドカップアジア予選、そして目を疑ったワールドカップ本大会、オーストラリア戦の「魔の8分間」、ブラジル戦での惨敗。あまりにもショッキングな結果に、誰もが重く口を閉ざし、いまだ真相が明らかになったとは言いがたいジーコ・ジャパンの全貌。しかし、辛い出来事から目を背けていては日本サッカーに未来はない。「忘れたき惨敗にこそ深く静かに省みよ」を胸に本人が残した言葉が初めて公のものになる……! 序章■2007年3月 トルコ・イスタンブール 「回顧」 1章■2006年6月12日 2006ワールドカップ vs.オーストラリア 「悲劇の間」 初戦・前夜/オーストラリア戦へ向けての準備/流れが変わった「誤算」/選手を交代した意図/悲劇の始まり/「悪夢の8分間」を振り返って/真の意味でのコミュニケーション 2章■2006年6月18日 2006ワールドカップ vs.クロアチア 「内なる闘い」 作らざるをえなかった規制/メンタル面の修復/クロアチア戦キックオフ/命拾いした前半戦/後半戦、天国と地獄の境目/かすかに残った希望 3章■2006年6月22日 2006ワールドカップ vs.ブラジル 「王国との対峙」 ブラジルから3点取った日本/メンバーを明かさなかった理由/試合直前までの駆け引き/希望から惨敗への転落/グループリーグの総括と本音 4章■2002年6月18日-2003年 2002ワールドカップ以後 「代表監督狂想曲」 ’02トルコ戦で露呈した精神的問題/代表監督就任/「黄金の4人」誕生/世界情勢に翻弄された'03年 5章■2004年 2006ワールドカップ アジア地区第一次予選 「苦悩と手応え」 辞意の覚悟あったシンガポール戦/国内組と海外組/無断外出事件/暑熱対策/シンガポールでの教訓/充実の欧州遠征/アクシデントにも動じないチーム 6章■2004年7月20日-8月7日 AFCアジアカップ 中国2004 「ファミリー」 修羅の場/狙いどおりのオマーン戦/反日感情渦巻く重慶/ファミリーと化した選手とスタッフ/ヨルダン戦に見た「信じること」の尊さ/バーレーン戦での底力/アジアを制して得られたもの 7章■2005年 2006FIFAワールドカップTMドイツ大会 アジア地区最終予選 「世界を摑むまで」 殴り合いになったら行けばいい/中田英寿という選手/消化不良で迎えたイラン戦/3バック、4バック論争/メディアとの空白期間/流儀に反しての大一番/「謎のチーム」ではなかった北朝鮮/大声で摑んだワールドカップ出場権 8章■2006年5月15日-6月4日 2006ワールドカップドイツ大会直前 「日本代表」 疑問が残ったマルタ戦/日本という国について/本大会メンバー23人の選考/変わっていった代表内の空気/「自由」――その理想と現実 終章■2007年3月 トルコ・イスタンブール 「すべてが終わって」 ……

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ジーコから書籍プレゼント!

[2007.05.22]

ジーコ監督著・鈴木國弘氏訳「ジーコ備忘録」と、鈴木國弘氏著「神の苦悩-ジーコといた15年」を、いつもサイトをご覧いただいている方に、抽選でプレゼントいたします! 詳細については、プレゼントページを見てください。 みなさまからのご応募、お待ちしています!……

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パッヘイラ、ジーコに感謝すると共に祝辞を送る

[2007.05.22]

フェネルバフチェのタイトルを確実とした、日曜日のドローゲームの直後、既にフェネルバフチェの監督を過去に務めた経験を持ち、今回の誘いの際にジーコを推薦したカルロス・アルベルト・パッヘイラ氏と、2001年に死亡した永遠なるクラッケであるヂヂーに、ジーコは敢えて感謝の意を伝えた。 そして、今週の火曜日に、「Futebol Interior」ニュース・エージェンシーが、現在は南アフリカ代表の指揮を執っているカルロス・アルベルト・パッヘイラ氏の感謝のコメントを発表した。 「彼にとって大変重要なこの時期に配慮し、私の存在を回想してくれたことに感謝します。私自身、就任一年目にしてトルコでの大会を制するのが如何に困難かを認識おり、彼に祝辞を送りたく思います。トルコリーグは大変均衡が保たれており、フェネルバフチェ、ベシキタシュとガラタサライーがタイトル争いを繰り広げ、更には何処が高額を投じ、サポーターの勢力など、全てが競われます。」と、熱烈にパッヘイラ氏は語り続けた。 6月2日に行われるネーションズ・カップ2008予選の対Chade戦が行われるダーバンの町にいるパッヘイラは、「既に大会は残り3節と迫っており、ジーコがチャンピオンを手にする可能性があることは把握していたのですが、遠征が入っており、結果をまだ視ておりませんでした。大変喜ばしく感じており、フェネルバフチェのサポーターにもオメデトウのメッセージを伝えたく思います。」と話し、コメントを終えた。……

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フェネル、Galatasarayとのクラシコに再度勝利!

[2007.05.21]

優勝の決まったフェネルはガラタサライとのダービー戦がアウエーで行われ2-1で勝利した。得点者はDFのLuganoと Edu Dracena。今年のシーズンではホームとアウエーの二試合共に勝利を収めた。 現在2位との勝点差は6ポイントであり、最終戦はAnkaragucuと行われる。 時節の試合はジーコが監督として150試合目となる。ジーコの監督としての勝利数は82試合。そのうちフェネルでの勝利は34試合である。 ジーコのコメント:トルコ国内最大のライバル同士の直接対決はチームが質の高いプレーで勝利を得ることができた。前節の優勝に続き二度目のフェスタがクラブハウスに戻った我々を待ち受けていた。約二千人のサポーターがつめかけていた。実に素晴らしい。しかしながら一方で深刻な課題として早急に解決策を見出ださなければのがこの試合でのサポーターの乱行である。とにかく手にできるあらゆる物をピッチ又ベンチに投げ込むのである。まともにプレーまたベンチワークができないほどの危険極まる行為だ。長い間サッカーにたずさわってきたが今回のような事は初めてだ。取り返しのつかない事態が起こる前に各クラブが協力して何らかの方策をたてることが急務である。……

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2007年5月15日(火)

[2007.05.20]

やぁ~。こちらでは数日間に渡る祭典が続き、このアレグリーア(喜び)を皆さんと分かち合いたいとのメッセージを私のコラムで明記しておいたからね。我々の道程を、パワーを送りながら応援し、見守ってくれた皆さんも、同じくチャンピオンだ。上記の写真は、ブラジル・バイーア州のカーニバルではなく、我々がイスタンブール到着時に待ち受けていた群集の模様だ。下記は、通訳のSametとクラブサイトから提供の写真だよ。大変美しいお祭り騒ぎだ・・・。本当に優勝した甲斐があった! 下記のシェパードはSerkanの愛犬である。私も犬が大好きで、最近リオ・デ・ジャネイロで飼っている私のシェパードの一匹が死んだんだ。このシェパードはTrabzonspor戦での勝利の女神だったよ。 最後に、試合翌日にメキシカン・レストランにて祝賀会。モラシー・サンターナと夫人、エドゥー、Sametと私。  と、言うことで、また後程!……

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制覇

[2007.05.19]

サッカーは、常に私に大いなる挑戦と数多くの喜びを与えてくれました。ピッチ上で闘っていた現役時代も同様だったと言えます。でも、新たなるキャリアを目指すことで、チャレンジ精神が増すようなシチュエーションになると、その瞬間の喜びが目的へと変化します。この日曜日に、我々の目的を達成したことで、私は監督としての大きな喜びを得ました。今週のヨーロッパ・コネクションは、優勝を成し遂げた翌日に、自己の視点から、このストーリーを多少ながら語りたく思います。  サッカー日本代表指揮官としての私の任務の終了する間際、フェネルバフチェから監督としてのオファーが届きました。カルロス・アルベルト・パッヘイラ氏を含む、他の数人の監督が候補に挙げられていたのです。そして、こちらトルコ及びクラブでも大変尊敬されている、パッヘイラが誘いを断ると同時に、私を推薦してくれたのです。真のプロフェッショナルが他に仕事を託すことは大変美しくも重要であり、今日私はその行為に感謝しなければいけません。今回の場合、パッヘイラは私の仕事ぶりを保証してくれ、その甲斐あって勝利へと辿り着きました。 リーグ戦2節を残して優勝を手にしたこの瞬間には全てが容易だったかのように見え、仮にこの瞬間が祭典ならば、我々が実際に直面した数々の難関を知らないからです。残念ながら、欧州大会に向けて理想なる準備がされていない状況で、私はチーム作りを行わざるを得ませんでした。我々は早々と欧州チャンピオンズリーグ予選ラウンドで敗退を喫して、その後にのみ補強選手が合流したのです。今日冷静に分析すると、仮にUEFAカップで突き進んでいたならば、トルコリーグで真剣なる問題に直面していたのではないかと思います。我々のグループは24選手で編成されており、同時に3大会に臨むには少なすぎると言えるでしょう。結局、最後の試合では僅かに18名のみが起用可能な状態だったのです。それにも関わらずに、UEFAカップとトルコカップでは良い結果を残すことが出来たと言えるのではないでしょうか。そして、最も重要なのは我々がトルコリーグで手掛かりを失わなかったことなのです。 レース中に馬に鞍を付けたのみでは事足りず、今期はクラブ創設100周年ということもあり、特別なる年でもありました。チームへの投資は高額でしたが、それに対する要求も比類し、更にはフェネルバフチェのトルコリーグ優勝回数が天敵のガラタサライーと同じく16回だという事実が重なりました。そして、その決着は我々の優勝で決まったのです。この最たる責任が、タイトルをより大きな喜びへと変えてくれます。 パッヘイラを例に挙げましたが、更にはこちらのクラブで連覇を達成した開拓者を想起しない訳にはいきません。ピッチ上での名選手であり、監督としても1970年代にフェネルバフチェを黄金期へと導いて、歴史を築いた名監督なのです。その先駆者のヂヂーも我々と共にチャンピオンであり、更に私は、歴史は常に回想されて保持され続けなければいけないものだと思います。紛れも無く、彼は天から我々を応援してくれており、そして今、彼とパッヘイラに加えて新たに私の名がフェネルバフチェの100年史を築くべく、貢献をしたブラジル人として刻まれたのです。正に最高の名誉なのです! されど、まだ幕は依然として閉じた訳ではありません。トルコリーグはあと2節残っており、我々は勝利をすべく闘い続けます。長きシーズンを通じて我々はアドバンテージを維持することが出来、現時点で優勝カップを手にすることを可能と出来たのですが、我々は常に勝利を目指してピッチへ臨みます。我々は欧州サッカーシーンに於いてクラブの地位確立の時期を迎えており、遠くに焦点を合わせている者にとっては、常に集中力が必要とされるのです。残り2試合は我々にとっての祭典かも知れませんが、次なるチャンピオンズリーグへ向けての新たなプロジェクトの始まりでもあるのです。今回は時間を有しており、辿り着くべく力を備えていることを認識しています。我々は、今年以上に更なる献身をする必要がありますが、チームに対する期待も大きいと言えるでしょう。 正に素晴らしい初年度でした。クラブ創設100周年の真っ只中でのタイトルと、大いなる展望が持てました。そして、私は、全ての関係者、テクニカルスタッフ、クラブ職員、選手達、更にはた異常なまでの祭典を繰り広げてくれた熱烈なサポーターの皆さん、そして、遠方からインターネットをアクセスして、サイトを通じて私と一緒に熱狂してくれた貴方に感謝しつつ、今回のこのコラムを終えたく思います。皆さん、ムーイト・オブリガード(アリガトウ)、そして、終わりなきチャレンジへ向けて前進あるのみです! と云うことです! それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!また来週お会いしましょう! ……

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100万人以上のサポーターがイスタンブールの街路を埋め尽くす

[2007.05.18]

フェネルバフチェの17回目のタイトル制覇が去る日曜日の深夜から早朝にかけてイスタンブールの町を止めた。チームは約1万人のサポーターに空港で待ち受けられて、そこからサポーター達が祝福を受けられるようにオープンバスに乗って町へと向かった。数人の選手は、クラブのシンボルでもあるカナリアカラーのイエローの衣類を敢えて纏って乗車した。 ジーコ及びブラジル人達の通訳である、22歳のSamet Guzelはメインストリートの一つでもあるバグダッド通りは、チームを歓喜して迎えてくれたサポーターで埋め尽くされていたのだと、話してくれた。約150万人以上のサポーターが制覇への祭典を繰り広げていたのだ。 「正に信じ難い出来事でした。大多数のサポーターがこのストリートに集中し、我々は空港からオープンバスで向かったのですが、到着時に直面したのは群集が我々と共に祝杯を挙げている光景でした。感動的の一言です。」と、トルコに於いてのジーコの現スポークスマンはコメントした。 今回のタイトルでフェネルバフチェはガラタサライーを国内タイトル数で17対16と上回ったのである。……

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制覇

[2007.05.17]

サッカーは、常に私に大いなる挑戦と数多くの喜びを与えてくれました。ピッチ上で闘っていた現役時代も同様だったと言えます。でも、新たなるキャリアを目指すことで、チャレンジ精神が増すようなシチュエーションになると、その瞬間の喜びが目的へと変化します。この日曜日に、我々の目的を達成したことで、私は監督としての大きな喜びを得ました。今週のヨーロッパ・コネクションは、優勝を成し遂げた翌日に、自己の視点から、このストーリーを多少ながら語りたく思います。 サッカー日本代表指揮官としての私の任務の終了する間際、フェネルバフチェから監督としてのオファーが届きました。カルロス・アルベルト・パッヘイラ氏を含む、他の数人の監督が候補に挙げられていたのです。そして、こちらトルコ及びクラブでも大変尊敬されている、パッヘイラが誘いを断ると同時に、私を推薦してくれたのです。真のプロフェッショナルが他に仕事を託すことは大変美しくも重要であり、今日私はその行為に感謝しなければいけません。今回の場合、パッヘイラは私の仕事ぶりを保証してくれ、その甲斐あって勝利へと辿り着きました。 リーグ戦2節を残して優勝を手にしたこの瞬間には全てが容易だったかのように見え、仮にこの瞬間が祭典ならば、我々が実際に直面した数々の難関を知らないからです。残念ながら、欧州大会に向けて理想なる準備がされていない状況で、私はチーム作りを行わざるを得ませんでした。我々は早々と欧州チャンピオンズリーグ予選ラウンドで敗退を喫して、その後にのみ補強選手が合流したのです。今日冷静に分析すると、仮にUEFAカップで突き進んでいたならば、トルコリーグで真剣なる問題に直面していたのではないかと思います。我々のグループは24選手で編成されており、同時に3大会に臨むには少なすぎると言えるでしょう。結局、最後の試合では僅かに18名のみが起用可能な状態だったのです。それにも関わらずに、UEFAカップとトルコカップでは良い結果を残すことが出来たと言えるのではないでしょうか。そして、最も重要なのは我々がトルコリーグで手掛かりを失わなかったことなのです。 レース中に馬に鞍を付けたのみでは事足りず、今期はクラブ創設100周年ということもあり、特別なる年でもありました。チームへの投資は高額でしたが、それに対する要求も比類し、更にはフェネルバフチェのトルコリーグ優勝回数が天敵のガラタサライーと同じく16回だという事実が重なりました。そして、その決着は我々の優勝で決まったのです。この最たる責任が、タイトルをより大きな喜びへと変えてくれます。 パッヘイラを例に挙げましたが、更にはこちらのクラブで連覇を達成した開拓者を想起しない訳にはいきません。ピッチ上での名選手であり、監督としても1970年代にフェネルバフチェを黄金期へと導いて、歴史を築いた名監督なのです。その先駆者のヂヂーも我々と共にチャンピオンであり、更に私は、歴史は常に回想されて保持され続けなければいけないものだと思います。紛れも無く、彼は天から我々を応援してくれており、そして今、彼とパッヘイラに加えて新たに私の名がフェネルバフチェの100年史を築くべく、貢献をしたブラジル人として刻まれたのです。正に最高の名誉なのです! されど、まだ幕は依然として閉じた訳ではありません。トルコリーグはあと2節残っており、我々は勝利をすべく闘い続けます。長きシーズンを通じて我々はアドバンテージを維持することが出来、現時点で優勝カップを手にすることを可能と出来たのですが、我々は常に勝利を目指してピッチへ臨みます。我々は欧州サッカーシーンに於いてクラブの地位確立の時期を迎えており、遠くに焦点を合わせている者にとっては、常に集中力が必要とされるのです。残り2試合は我々にとっての祭典かも知れませんが、次なるチャンピオンズリーグへ向けての新たなプロジェクトの始まりでもあるのです。今回は時間を有しており、辿り着くべく力を備えていることを認識しています。我々は、今年以上に更なる献身をする必要がありますが、チームに対する期待も大きいと言えるでしょう。 正に素晴らしい初年度でした。クラブ創設100周年の真っ只中でのタイトルと、大いなる展望が持てました。そして、私は、全ての関係者、テクニカルスタッフ、クラブ職員、選手達、更にはた異常なまでの祭典を繰り広げてくれた熱烈なサポーターの皆さん、そして、遠方からインターネットをアクセスして、サイトを通じて私と一緒に熱狂してくれた貴方に感謝しつつ、今回のこのコラムを終えたく思います。皆さん、ムーイト・オブリガード(アリガトウ)、そして、終わりなきチャレンジへ向けて前進あるのみです! と云うことです! それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!また来週お会いしましょう! ……

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トルコスーパーリーグはジーコの監督としての4冠目となる

[2007.05.17]

日曜日にフェネルバフチェを指揮してSuperlig(トルコリーグ)を制したジーコの履歴書に新たな経歴が加わった。2004年にアジア大会を制覇しており、大会覇者としてのタイトルは今回で2個目となる。但し、2004年に日本で開催されたキリンカップとフェネルバフチェでの2007年のアンタリアカップを含めれば4冠だと言える。 今回の引き分けをカウントすれば、ジーコの監督としての戦績は通算148試合81勝だ。フェネルバフチェでは、58試合で33勝16分、そして僅かに5敗のみだ。……

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ブルーノ・コインブラがアーティストW杯に出場

[2007.05.16]

07月末にロシアで開催される世界選手権に参戦する芸能人ブラジル代表が徐々に編成されつつあります。他15カ国の代表勢の中で際立つために、ブラジル人アーティスト達はジーコ・サッカーセンターで週2回の練習と親善試合を行っているのです。最後に行った親善試合は日曜日に開催されたリオ・デ・ジャネイロ州選手権決勝戦となったフラメンゴ対ボタフォゴ戦での代表候補選手全員を一堂に会しての前座試合でした。 サンバ・バンド「Só No Sapatinho」でミュージシャンとして活躍し、現在はジーコ・サッカーセンターの経営に携わっている、ブルーノ・コインブラが一際目立った存在なのです。最近ZNR(ジーコサイト)のインタビューに応じた彼は、手の内を隠して、あくまでも練習会場を開放した提供者の立場として語り、候補者の一人だとは明らかにしませんでした。3対0で勝利した日曜日の試合では、彼は2得点挙げて、チームの秘密兵器的存在としてアピールしたのです。 「友好関係を深める良い機会でもあり、こちらリオ・デ・ジャネイロでの仕事上での約束はあるにしろ、仲間と一緒にロシアのSochiへは行くつもりです。「Jogos das Estrelas(スターゲーム)」での前座試合以降、この機会を手放す訳にいきませんでした。世界選手権では活躍が期待できるのではと思います。」と、ブルーノ・コインブラは語りました。 18名の代表枠を目指す候補者リストは膨大で、以下がその名簿まもです。Heitor Martinez、Du Moscovis, Marcos Palmeira、Thierry Figueira、Mário Frias、Toni Garrido、Fernando Fernandes、Murilo Rosa、Max Vianna、Sylvinho Blau-Blau、Rogê、Marcelo Serrado、Marcelo Faria、Nicola Siri、Carlos Bonow、Thiago Martins、Daniel Erthal、Jorge de Sá、Nelson Freitas、Márcio Kieling、Léo Rosa、Eduardo Galvão、Rodrigo Faro、Patrick de Oliveira、Marco Antônio Gimenez、André Cursino、Nuno Leal Maia、Ademir Zanyor. 我々は、文字通りの「futebol arte(芸術サッカー)」が披露されて、ブラジルがしっかりと代表されることを待つのみです・・・。……

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トルコスーパーリーグ、フェネル優勝!

[2007.05.15]

第32節トルコスーパーリーグは残り2節を残してフェネル優勝という劇的な結末を迎えることとなった。 13日、フェネルはTrabzonsporと 2-2で引き分けた。フェネルの得点者はTuncay e Deivid。 3位のGalatasarayがSivassporに1-1で引き分け、2位のBesiktasがBursaspor 0-3で敗れた。この結果フェネルは64ポイント。Besiktas58ポイント。Galatasarayが56ポイント。Besiktasはフェネルとの対戦成績で敗れている為に残り2節を残しフェネルの優勝が決まった。タイトル奪取直後、感動状態のジーコは敢えて過去にフェネルバフチェで歴史を築いたブラジル人達を回想した。  ジーコのコメント:「色々な困難に立ち向かいながらの大会ではあったが、我々の優越さが明らかとなるべく、あと2節を残してタイトルを手にすることが出来た。全員が受けるに値する報いであり、選手達、テクニカル・スタッフ陣、フロント・スタッフ、そして素晴らしいサポーターの皆さん、心からパラベーンス(オメデトウ)。でも、私はこのタイトルをクラブの指揮者として歴史を築いた二人のブラジル人に捧げたく思う。先ず一人目はフェネルバフチェを74年と75年の連覇に導いたパイオニアでもあるヂヂー監督、そして二人目は私がこちらに就任することを後押ししてくれたパッヘイラ監督だ。」と、ジーコは今年がフェネルバフチェの100周年記念だということを想起しながら語った。……

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2007年05月08日(火)

[2007.05.14]

ハ~イ。ナイスなウイークエンドを過ごすことが出来たよ。土曜日にはベシキタシュ戦で大変貴重な一勝を得て、日曜日にはテレビを通じてフラメンゴがリオ・デ・ジャネイロ州選手権を制覇するシーンを観ることが出来た。選手達及びトロフィールームに新たな優勝カップを追加したクラブにパラベーンス(オメデトウ)。そして、何時ものことながら、チームを後押ししてマラカナンスタジアムで素晴らしい応援パフォーマンスを披露したサポーターの皆さんにもオメデトウ。下記はインターネットで配信されている興味深いモンタージュ写真。 でも、こちらトルコに関して言えば、土曜日にベシキタシュのスタジアムで戦場に立ち向かったよ。そして、勝利の歓喜は感慨無量だったね。 この写真で如何に敵のサポーターで厳しい状況を味わったかが分かるはずだ。罵声、唾吐きなど想像を絶する全ての行為。これらの行動でベシキタシュはホームゲーム開催権を失うかもしれない。 なかなかスタジアムから出られず、結局我々のトレーニングセンターには午前3時前に到着した。驚いたことに、2千人強のサポーターがフラッグや白煙筒を手に、そしてインセンティブを与えるために待ち受けていたよ。残り必要な勝利を得て、タイトルへと辿り着くために必要としているパワーでもある。 今週の月曜日に行われた友人René Simõesの本の刊行イベントに私は行けなかったが、サイトスタッフが代表して出席し、催しを記録した。下記がその本だ・・・。 René Simõesが美しい献詞を私宛に書いてくれているシーン。アリガトウ。そして、来場した人数からも刊行の成功が見受けられるよ。決して驚くことでもないけれどね。  それでは、また後程!……

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「神の苦悩-ジーコといた15年」発売開始!

[2007.05.13]

長い間ジーコの通訳を務めた鈴木國弘氏が二冊目となる本が講談社より出版された。 15年間にわたりジーコを支え続けてきた鈴木さんであるが、今回は特に日本代表監督となってからの4年間での様々な出来事を通訳として支えてきた立場からの視点で書かれている。 ジーコのコメント:「私の日本でのスポークスマン。彼は偉大なる人物であり、顕著な通訳である以前に、日本で長きにわたり私の”影武者”を勤めたすばらしいパートナーである!」……

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異なるスポーツ裁判

[2007.05.11]

私のこちらでの判決を巻き込んでの、今週の混乱じみたニュースの報道が、ブラジルとトルコに於いてのスポーツ裁判の違いを多くの人達に対して表面化することが出来ました。特に、この差異が、実際には受けなかった懲罰を、あたかも私が命ぜられたかのように報じられた原因でもあります。今週のヨーロッパ・コネクションは、この出来事を多少解りやすく説明します。 以前にも何度か、トルコ国民はサッカーに対して並外れた情熱を持っており、時には度外れて危険を伴う程に熱狂的だと述べたかと思います。それ故に、数年前からサッカー連盟は、サポーター同士の衝突問題の防止対策と、ならず者達による喧嘩を阻止して、違反者を罰するために、テクノロジーと知恵を導入に乗り切りました。そして、模範を示すために、規律委員会はピッチ上での出来事以外に対しても厳格に対処しているのです。 ブラジルと比較をするならば、適用される大会規程も全く相違します。ブラジルの諸大会では、ピッチ外で振るった喧嘩で一選手が罰せられたことなどかつてありません。過去にはロッカールームでサポーターと選手達を巻き込んでの衝突が発生したケースもありますが、この件がスポーツ法廷で訴訟が起こされたことなどないのです。但し、こちらでは異なります。如何様なトラブルは罰せられ、この措置はサポーター間での暴力に対する感情の抑制につながる程に厳重ではないかと、私は思います。これにて、マルコ・アウレーリオ選手はヒカルジーニョ選手との喧嘩で2試合の出場停止を命じられ、更にスタジアムの駐車場での出来事故に、クラブはホーム試合の開催会場変更の処罰を受けたのです。 私の判決に関しては、色々と愚かなニュースが流れましたが、あくまでも情報欠如の賜物だと言えるでしょう。そして、この点に関してはトルコ・サッカーとブラジル・サッカーの根本的な違いを示すに値します。ブラジルでは報告書に詳述された言動が訴訟を引き起こして判決へとつながる反面、トルコではトラブルが公衆又はサポーターの反応を監視するためにカメラを備えたサッカー連盟の人物に撮影されていれば、報告書に記載されてなくても良いのです。そして試合後、あるいは数日後に当該委員会が、後日法廷にて抗弁の特権が与えられて再検証が行われるべく、事前判決を公表します。ブラジルではこの予防処罰は存在しません。 実際に、ベシキタシュ戦での我々のトルコカップ敗退後に、記者会見で私は、長きシーズンに於いて当惑させられ続けている度重なるジャッジ・ミスを指摘し、今回の試合でも害された、判定のクオリティーを批判したのです。そして、将来的に判定を巻き込んでの更なる深刻な問題を防止するためにも、この件に対してサッカー連盟に注意深く目を向けてくれるように要請しました。更には、フェネルバフチェに対しては関心に従っての判断の異なりが顕著に現れており、私はクラブ首脳陣とサッカー連盟間での対立が審判や判決に干渉してはならないのだと発言したのです。 私は1試合のベンチ入り停止を命じられたのですが、2006年ワールドカップドイツ大会予選でトルコ代表監督がスイス戦敗北後に示した反応が私のケースと似通っていることをクラブ弁護が証明したのです。ファティッヒ・テリム監督はFIFAに罰せられておらず、従って私の処罰も無意味だったのです。私がクラッシコでベンチ入り停止となり、チームに害を及ぼして、更には30日間の停止処分を命じられるかのような、無責任な報道にも関わらずに、私は処罰放免となったのです。常にメディアとの良い関係故に、このような嘘っぱちを報道する前に私の話を聞いてもらえる機会がなかったことを、ブラジル人として嘆かわしく感じました。だからこそ、本サイトはアクセスしてくれる皆さんが真実を知るために私が有しているチャンネルでもあるのです。 これら全てが国間での相違点を示唆することに役立って、こちらでの教訓となったのです。我々は裁きのハイテクな眼力に四六時中注意を払う必要があります。ゴール目前となった大会終盤では如何なる注意も十分とは言えず、最大限に集中していなければなりません。残り3試合全てが戦闘であれど、数々の逆境を乗り越え、優勝カップを奪取出来る実力を有する軍団は、自己信頼を持続しているのです。 と云うことです! それでは皆さん、また来週お会いしましょう! ウン・グランデ・アブラーソ!……

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フェネルバフチェの選手団、群衆に出迎えられる

[2007.05.09]

土曜日の対ベシキタシュ戦でのフェネルバフチェの勝利が、トルコリーグのタイトル奪取に対するサポーター陣の信頼に再び火をつけた。その良い例が、試合後にチームバスが到着したクラブのトレーニングセンターでサポーター陣が準備していた出迎えである。現地時間の深夜2時前後に約2千人のファンがフラッグや花火と共にチームを待ち受けていたのだ。ジーコ監督にとっては、あくまでもチームが前進してタイトルを勝ち取るための動機付けとなるお祭り騒ぎだと捕らえている。 「我々は依然として何も制覇した訳ではない。勝ち点差5のアドバンテージを有するも、残りの勝ち点9が今後は争われ、決して祝う時期ではない。大変重要な一勝だったことで、現時点でのファンの熱狂振りは理解できるが、我々にとって祝杯を挙げるにはまだ早すぎる。紛れも無く、選手達はそのことを自覚しており、タイトル争奪へ向けてサポーター陣の温かい声援が我々全員に力を与えてくれるだろう。」とジーコは語った。 フェネルバフチェは現時点で、勝ち点をベシキタシュの58に対して63有している。他の結果に頼らずに自力で優勝を数学的に確実とするためには、ジーコ率いるチームは3試合中で2勝して勝ち点を69とするか、或いは1勝して得失点差と直接対決で勝っているガラタサライーと引分けて勝ち点を67で終えるかだ。……

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2007年04月30日(月)

[2007.05.08]

やぁ~。こちらトルコリーグは終盤戦に突入しており、一試合一試合が決戦だよ。下記は、私がピッチ上の展開全てを注意深く観察している写真だ。 フットサル日本代表のセルジオ・サッポ監督から写真添付e-mailが届いた。現在、アジア選手権2連覇に向けてチームを強化中。享楽的な彼は、カシマスタジアムに建てられた私の銅像の前で撮った写真を送ってくれたよ。 フットサル日本代表がブラジルのリオ・デ・ジャネイロ州テレゾーポリスへ遠征時に、私の次男ブルーノが訪問した際の写真。 引退したユニフォームを掲げるピンク軍団。皆さんアリガトウ! 下記は、アジア選手権ドローでのサッポ監督と川淵キャプテンのツーショット。 そして今度は社回欄。お誘いとお知らせだ。以下は、来る7日に本を出版するヘネ・シモエンス氏からの招待。可能な方は行くべし。 Sportvで放映されたドキュメンタリー「Heróis da Nação」がDVD化されて一般に発売決定。素晴らしい作品だよ。 それでは、また後程!……

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フェネル、Besiktasに勝利!リーグ優勝へ大きな勝利!

[2007.05.07]

フェネルにとってこのBesiktasとの戦いはカップ戦の準決勝で敗れた相手であり、リーグ戦でも2位のチームとの直接対決で正にまけられない戦いであった。 アゥエーでの試合、フェネルは1-0で勝利した。ゴールはKezmanで前半13分であった。  この結果、フェネルとBesiktasとの差は5ポイント差となり優勝に大きく前進した。残り3試合フェネルの対戦相手は Trabzonspor, Galatasaray 、Ankaragucuである。 ジーコのコメント:  今日の勝利により我々のタイトルにかける気迫とそれに値いする集団であることが証明できたと思う。内容から言ってもっと点を取れたと思う。今週はいろいろあり集中が難しかったがよく踏んばれたと思う。貴重な勝ちではあるがまだタイトルに手が届いたわけではない。気を緩めてしまうことが一番恐い。一歩ずつ確実に前進することができれば優勝できると確信している。 ……

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ジーコはBesiktas戦ベンチで指揮をとる

[2007.05.06]

ブラジルの幾つかのメディアはジーコ監督の期限付きベンチ入り停止を報じた。しかし次節も通常通り指揮を取ることが明らかになった。フェネル関係筋によるとトルコ代表監督テリン氏のケースと同様と説明する。  ジーコのコメント:母国での幾つかの報道に関しては非常に残念に思う。特にネットでの報道の内容は度が過ぎる。最初は30日間のペナルティー、後には1試合となりいずれもチームの危機感を必要以上にあおるものであった。結果はご覧の通り土曜のゲームも普通通り指揮をとる。そもそも今回の騒動の発端となったのは私が、カップ戦(対ベシキタス)で判定の目に余るひどさに抗議するとともに協会の監視の徹底を促したものだ。チームが被害を被る場合は黙っている訳にはいかない。……

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判断時の落ち着き

[2007.05.05]

数多くの失点が露にする、決定的な瞬間での不注意が目立った週末を、私はこちらのテレビを通じて視ることが出来ました。残念ながら、チームによってはゴールキーパーの不注意から起こります。偶然にも、我々のチームは大変重要な勝利を、得点直後のリスタートからの失点で逃してしまいました。この様な決定的判断瞬間に込められた問題を今週のヨーロッパ・コネクションで分析したく思います。 私はミーティングで選手達に試合の重要性、即ち、1ステージ制のリーグ戦では各試合が決戦であり、現在重大な局面に立たされている我々は、キックオフからゲームオーバーまで終始注意深く集中していなければならない事実を伝えました。残念ながら、忠告にも関わらず2-0でリード時に気をそらしてしまい、リスタートから失点してしまったのです。このゴールが敵にモチベーションを与えてしまい、同点へとこぎつけられてしまいました。 今週末に開催された各国の試合で主に興味を引いた不注意のシーンは、ブラジルのミナス・ジェライス州リーグでのクルゼイロのゴールキーパーであるファービオがとった行動です。彼がプレーするポジションを考慮すれば決してボールに対して何時も背を向けてはいけません。私は、こちらの選手達に絶対にしてはいけないことであり、この不注意の代償はタイトルを棒に振る可能性だと話しました。クルゼイロの場合は、得点差4までスコアが開いたことで良と言わざるを得なくとも、仮に1得点返したとします。3-1は2-0のスコアに値し、逆転可能なのです!ホーム・アンド・アゥエイの2試合で行われる決戦では、何が起こってもおかしくない状況であり、断じて1試合目の結果で敗北を認めてはいけません。仮にスコアが大量得点での敗戦でもです。実際に逆行を乗り越えて同じ代償で支払った事例が数多く存在する事実をサッカー史が既に物語っております。 サンパウロの地で開催されたクラッシコで、決勝戦の緊張と精神的負荷を顕著にする興味深いプレーシーンを目の当たりにしました。サントスのゴールキーパーであるファービオ・コスタがサン・カエターノのフォワードに対して過度に飛び込んでPKを与えてしまったのです。ある面、若きジューリオ・セーザルがヘナット選手の得点を阻止しようとした、リオ・デ・ジャネイロ州選手権大会決勝戦のフラメンゴ対ボタフォゴ戦でのシーンに似通っています。若しかしたら、彼はその瞬間に自己がとる行動が何を意味するのかを考えなかったのかも知れません。ボタフォゴを数的不利にしただけではなく、彼は得点を阻止することが出来ず、更には最終戦に出場停止となってしまったのです。 そして別の試合では、ゴールキーパーがゴールマウスから飛び出してペナルティーエリア外で思案する姿を目にしました。何れにしろ、ブラジルのベスト・ゴールキーパー数人にとっては不運な週末だったと言えるでしょう!ジュヴェントゥーデのアンドレーGKは浮き球のロングパスをヘッドでインターセプトに行きました。そして、ペナルティーエリア外でハンドを試みたものの咄嗟に思い止まったのです。紛れも無く、試合中盤にも関わらずに退場を命じられていたでしょう。リオ・グランデ・ド・スール州選手権大会のグレミオ対ジュヴェントゥーデ戦での3-3のスコアは全てが振り出しだと言えます。 ここで私は、仮に選手がゴールへ向かっている状況で、殆どの場合に於いてゴールキーパーがPKを犯した際には、既にそのアクションに対して罰せられているにも関わらずに、ゴールキーパーによる決定機反則阻止一発退場を命ずる判断に反対だとの例外意見を付します。でも、この件は別の機会でのコラム・テーマでもあります。 要約すると、同じことをくどくど繰り返す羽目になります。でも、選手達が詳細に目を配りながらピッチに入らなければいけないのは事実なのです。結局のところ、「サッカーは詳細で決まる」という、月並な決まり文句がこの均衡が保たれたサッカーに当てはまると言えるでしょう。 と云うことで、また来週! それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ! ……

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ジーコのサッカー・トレーニングハンドブック―楽しみながら上達できるジーコサッカーキャンプin Brazil

[2007.05.03]

監修 鹿島アントラーズFC勁文社  980円   1998年11月≫購入はこちらから 95年にブラジル、リオデジャネイロに完成したジーコサッカーセンター。そこではジーコが日本代表になるまで毎年日本の子供たちが春休みと夏休みにサッカーキャンプを行っていた。そのトレーニングメニューを日本でも反復できるように、またブラジルにいけない人でもどのようなトレーニングを行っているか伝えるために作成された本。このキャンプはこの98年よりU-15の日伯友好カップが行われるようになり、今年2007年は10回記念大会である。目次パス編ボールコントロール編シュート編ストレッチ編サーキット&レクリエーション編……

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フェネルバフチェ、Denizlispor戦で引き分けるも首位をキープ

[2007.05.01]

熾烈なタイトル争いが演じられたドラマティックな節となった。日曜日に行われた一試合目では、Besiktasが苦戦の末に後半ロスタイム2分に得点を決めて1-0でSivassporを下した。それに対して、フェネルバフチェはDenizlisporと対戦して2-2で引き分け、トルコリーグ第30節を終えて首位をキープするも、Besiktasとの勝ち点差が2(60-58)へと縮まった。フェネルバフチェの2得点を決めたのはアレックス選手だ。 今回の結果で、Superlig(トルコリーグ)の現況は次の通りとなった。あと4節を残して、次節はアウェイでBesiktasとフェネルバフチェの直接対決が行われる。ジーコ監督が指揮を執るチームが勝利すれば、勝ち点差が5へと開き、敵は3試合でその差を取り戻さなくてはならない状況に至り、フェネルバフチェは一気にタイトルへと近づく。引き分けると両チームの拮抗した争いが継続され、更には我々との直接対決が残っており、6点差でフェネルバフチェを追う3位のGalatasarayもタイトル争いに加わる可能性が出て来る。そして、Besiktasが勝利すれば首位を奪取することとなる。 ジーコのコメント:「我々は好調な立ち上がりで、チャンスをつくりながら、得点へと結び付けた。その後は均衡した展開で前半が終了。後半も追加点を得るべく積極的に臨んで得点を決めるも、直後のリスタートで一瞬の不注意をつかれて敵にゴールを許してしまった。我々のチームは失点の影響から少々バランスを失い、ミスを連発して、ペナルティーエリアへのクロスボールから敵に同点弾を決められた。でも、依然として首位に立っており、大事な一週間が待ち受けている。」……

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