ジーコの主張

マラドーナへのメッセージ」

[2007.04.20]

私は、本コラムでは特定の人物に関して繰り広げることはよりも、包含的なメッセージや分析の出来るテーマを選ぶようにしています。でも、今週は、彼の身の上話が警告を発することが出来ることもあり、例外としてマラドーナの件を取り上げることにしました。

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私はマラドーナのプレーを観る機会と対戦する機会に恵まれ、更には最近一緒にピッチに立つことも出来ました。正に彼は、私のジェネレーションで見ることが出来た最大なる選手だったと何ら疑問も無く言えます。サッカー史上に於いて屈指の選手のみが可能としたボール捌きが出来たのです。常にマークに付回されながらも、信じられないような回避策を見出して、その巧みな芸術はサッカーフリークにとっての目の肥やしでした。

マラドーナは世界中のディフェンダーをドリブルでかわしたにも関わらず、自己の人生に於いて引き起こした苦境をドリブルでかわすことは出来ませんでした。人々を魅了するのではなく、新たなる危機から回復しようとしています。数多くの制覇を成し遂げた彼は、現在は生死と闘っているのです!

名声、才能、富などを体験して生きてきたマラドーナは、私の意見では人生においてのマテリアルは、全てが一時的であることを示す最大の例だと言えるでしょう。我々のストーリーは個々が日々の献身で築くのです。要約するならば、アルゼンチンのクラッケは長き道程に於いて、幾つかの誤った岐路を選択したと言えるのではないでしょうか。

2005年末に私は、稀に見る私宅での彼との再会の機会に出くわしました。ヨーロッパ・コネクションを常時見守ってくれている皆さんは、私が彼のグッドコンディションを目にすることが出来た嬉しさへのコメントを想起して頂けることでしょう。更には、彼とはJogo das Estrelas(スター・ゲーム)で共にプレーをしたのです。残念ながら、あの光景は彼の最終的な姿ではなかったのです。あの時点に於いて、人生でありとあらゆる体験を味わった彼が、更に最悪なる状況へと至るなど想像すら出来ませんでした。でも、至ったのです。

若人、そして現在スポーツに関わっている皆さん、更には将来のアスリート達の両親達へ、ここに警告を記します。昨今、私は彼の詳細なるイタリア・サッカーでのスペタクルなゴールシーンを観ることが出来、今日は苦悩に満ちたマラドーナの映像を目にしたのです。古今さほど時間を要していません。従って、今日我々が選択した道が、明日到来する将来を決定することを、全ての者が自覚する必要があると言えるでしょう。

公的に私はこの場を借りて、マラドーナの復活、即ち、このゲームでの新たなる逆転劇を演じられる事を願っている念を露にします。正に、これに対する敗北を考えれば、その代償は余りにも高すぎると言えるでしょう…。

皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ!

それでは、また来週お会いしましょう!

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