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2006.9.28 フェネルがUEFAカップで圧勝 

[2006.09.30]

この木曜日にフェネルバフチはUEFA2006本大会への出場枠を確保した。デンマークのランダーFCを敵地で3-0のスコアで破った。1試合目はイスタンブールでも2-1で勝っていたので引分けるだけでも良かった2試合目だった。得点はフェネルの攻撃的なアタッカー・トリオによるものだった。デイビッドが62分、ツンカイが64分とケズマンが71分に決めた。         ジーコが指導し始めて15試合、その内の10勝目である。他の39チームもUEFAへの席を確保しているが、幾つかの組に分けられる。その取り組み抽選が10月3日にリヨンで行なわれる。        ジーコのコメント:「我がチームにとって素晴らしい試合だった。殆どの時間を我々が支配していた。特に前半はもっと得点してもおかしくなくらいだ。ほんの10分で試合にけりをつけてしまったね。出場枠を確保したし、これはチームが試合を重ねる度に良くなっている事を示している」    ……

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「的外れ」

[2006.09.29]

私は先週、トルコリーグ1stディビジョンに属するクラブであるガジアンテプスポルの会長の発言に関して、こちらトルコメディアが公表した情報に不意打ちを食らいました。会見の途中に会長は、トルコリーグ開幕前にあるエージェントが私の代理人を装い、売り込みに訪れたと主張したのです。更に彼は、私をトルコサッカーへ斡旋する仲介者の存在を証明出来る自己署名入り書類があると発言したのです。このような発言がされた時点では無視をするも、返答のタイミングを見計らっていました。そして、今週のヨーロッパ・コネクションがこのテーマに関してなのです。 非難するには的外れの人物を彼らは選んだのではないかと私は考えています。私には、現役時代から今日に至り、かつてエージェントが居たことがありません。契約締結時に私を代表したのは常に弁護士でした。そして、現在でもこの状況は変わっていません。弁護士の介入が重要とされる事柄以外、誰も私を代表して声明することはありません。そして、この弁護士としての役柄を果たすのがアントニオ・シモエンス氏でありながらも、エージェントとしての活動は出来ず、彼に限ってそのような行動はしていないことを確信しています。このニュースが噴出した日に、我らがフェネルバフチェの会長との夕食会が予定されており、幸いにも私の顧問弁護士がこちらトルコを訪れていたのです。このニュースに対して会長は不愉快であり、私自身も全く根拠のないこの発言に怒り心頭でした。最悪な事に、報道ではこの問題が事実化しているのです。この非常識さに、敢えて私はマイクが向けられた先週のコニアスポル戦での勝利後に反論しました。何故ならば、敗北後の場では批判のみが蔓延する反面、勝利後は幅広く伝達ルートが開けるのです。この出来事が勃発後、数日が経過しても私がエージェント宛に署名した書類は現れず、更には本人の出現はおろか名前すら挙がりません。一クラブの会長がいったいどんな意図でこのような公言をするのか私は思案をめぐらします。このことを我らがフェネルバフチェの会長に伝え、自身は監督としてだけではなく、CFZ do Rioを有する会長の立場でもあることを話しました。余りにもばかげた当てこすりは、私が以前から指摘していることをあらわにします。勿論、正直な一部の人物に入り混じり、善意に欠ける多くのエージェントの横行はシステムを腐敗化させます。かくして、私がクラブに着任して以来、エージェント達から選手達をオークションの商品が如く、何十もの売り込みの電話を受けています。その中でも、5人もの自称代理人を有する選手に注意を引かれました。正にその通りで、同じ選手を売り込むエージェントが5名存在したのです。電話を切る間も無く、既に別の人物から条件提示の電話がかかってきたのです。正に信頼できる仕事ではありません!もしかしたら、同様なる事態が生じた可能性があり、私に何ら相談すらしなかったある人物がガジアンテプスポルの会長と会話を交わしたのかも知れません。仮にそうだとしても、調査をせずにこのことを公言して、名前も挙げないリアクションは信じ難い無責任さです。私に精通している者は、自分がその種のプロフェッショナルにあらず、仕事のせり売りを行う代理人を送り込んだりしないことを認知しております。私は真面目な人間であり、モラルは一握りの富よりも価値ありだと教育されました。そして、今回私が標的となったのであれば、明日は別のプロフェッショナルの人が標的になる可能性があります。今回の結論を言うならば、今年度フェネルバフチェが100周年を迎える準備を行う最中、我々の献身を妨げようとする印象が残ったのです。しかし、汚いゲームを仕掛けて来ても、何処の誰であろうともチャンスも存在しません。我々はトルコリーグのタイトル奪取へ向けての闘いに身を投じ、UEFAカップでの進出を目指します。私が選手としての現役時代の如く、最良なる答えはピッチ上で返すことなのです。 と云うことです! それでは、ウン・グランデ・アブラーソ! 皆さん、また来週お会いしましょう! ……

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ハジカルな遊び  

[2006.09.29]

最近サンドラと一緒にモンテカルロに行く機会があった。モナコで催されたゴールデン・フット賞の授与式でそれに出席した時の事だ。そこには昔フラメンゴと共に訪れたことがあり、その事を思い出している内にこのコラムに載せたい話が蘇った。あの遠征は70年代の終わりから80年代の始めの時期でその頃の一つを載せよう。   1979年にヨーロッパ遠征に行った時、スペインからフランスまで行った。フランスではPSGと試合をした。遠征試合が終ってから私とサンドラとオルタはニースまで足を伸ばした。リビエラ・フランスとでも言おうか素敵な所だ。              散歩を楽しみながらその時の遠征団長に呼ばれたオルタにひとつ企みを考えた。 あの頃フランスの南部では水上スキーやジェットスキーなどの伝統的なウオータースポーツが流行っていた。その時に私は始めてモーターボートが引っ張るパラシュートのようなものにぶら下がって飛んでいる光景を見たものだ。パラセーリングと言うスポーツだった。見ると楽しそうだったが、危険を伴うものでもあった。それが私の頭を揺り動かした。  サンドラとオルタの横でいきなり言葉を飛ばした。  「あのスポーツは面白そうだね。僕はちょっとアレがどんな風に乗るものか試して来るよ」 オルタがマジに慌てるのを解っていてわざと言ったものだ。  我々の団長はすかさず返答した。 「なにー?ジーコ?それは止めときなよ、怪我するぞ。私はリオに帰って何を言わなけりゃいけないのだ・・・サポーターにもさ」     私はオルタを勇気でやって見せると言いくるめる自信があった。何も問題無いから信頼してくれと、会話に終止符を打つように有無を言わせないように言った;  「いや、あそこの若者と話したら安全用具をちゃんと付けてやれば大丈夫だって。気をつけるのは水面に降りる時だけだってさ。」              オルタは困惑してなんとか辞めさせようと考え、サンドラに向き直ってあーだこーだと助けを求めた。その合間に私は物陰に隠れて様子を見ていた。その前に次の次に出るボートだから5分後には飛んで来るよ、と言うように約束をしていた。     私の姿が見えなくなったことでオルタは慌てた;「彼はどうした?何処へ行ったんだ?」私は物陰からそれを見ながら笑いを殺していた。向こうの水上でボートが動き出したのを見たオルタは腕を振り始めた。遠くて良く見えないからてっきりあのパラシュートの人物が私だと思っていたらしい。  「どうしたらいいんだ。オーマイ・ガッ??」        フランス語やらポルトガル語やらで思いつく言葉を叫びながら湖畔まで走って行きボートを止めようとしている。パラシュートの人物が私ではない事に気づいて、ほっとしたらしい。だが、本当にほっとしたのはボートのパイロット全員に話して、私を乗せないようにお金まで払って止めようとまでして私が飛ばない事を確認した時だった。      私の仕組んだ悪戯が解ってみんなで大笑いに落ちた。私があれに乗る訳が無いのは当然である。しかし、面白い話は後々まで残った。暫くの間私はオルタに会うと「まだあのパラシュート・ボートに乗っているよ」とからかっていた。 オルタはいい人で偉大なる人物だ。偉大な会長でもあるし個性派でもある。    ……

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ジーコスペシャルインタビューINトルコ

[2006.09.28]

日本代表監督としてドイツワールドカップを戦ったジーコ。大会が終わってすぐにトルコリーグのフェネルバフチェ監督就任が決まった。新天地で新たなる挑戦を続けるジーコに、フェネルバフチェのオファーを受けた理由から、トルコでのこと、公式サイトのことなどを聞きました。http://sports.nifty.com/zico/special/interview.htm ……

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2006.9.27 フェネルバフチェを中田が訪問 

[2006.09.28]

先週、ジーコは一人の友人の訪問をイスタンブールで受けた。選手を引退してからの中田が、フェネルバフチ・チームの様子を見にくだけた雰囲気で訪れた。中田はジーコと仕事仲間からの関係から友好関係を保つようになった内の一人でもある。     夕食を共にし、フェネルバフチェのシャツを着て会話に花が咲いた。ユニホームにパンツを履いてプレーすることはなかった。練習を見た中田はそれまでに留めたが、チームが楽しく過した時間の一端を担った。   中田は現在世界を歩いている。ワールドカップでブラジルと戦って以後、選手を引退した今は世界を見て歩くのに時間は限り無くある。ブラジルを気に入っているし、恐らくリオデジャネイロにも又訪れるであろう。12月のジーコ・サッカー・センターでのチャリテイーゲームに出るかもしれないし、来年のリオのカーニバルにも出かけてサンバを存分楽しむ事もできる。 「彼はこれから彼の人生を楽しんだらいい。偉大なプロだったし又近い内に会えるといいと思う」 とジーコが語った。                     ……

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ビバ!ジーコ「サッカー」夢のスーパースターへの軌跡

[2006.09.27]

大貫哲義 日本テレビ 1200円 1992年7月23日発行      ≫購入はこちらから この本はその後数多く出版される「ジーコ」に関する本の第一作目である。住金に来日してプレーしてチームがアントラーズに変わり、Jリーグがスタートする前年にインタビューして作られている。どちらかというとサッカー少年向けの作りになっている。 ジーコのプロ選手になるまでと、その後活躍する上で必要な事について書かれている。兄弟から受けた影響や、サッカースクールで本人がよく言っている「トラップ、パス、シュートについて繰り返し基本練習をする」についてここでも書かれている。また、13歳でフラメンゴに入団する時のエピソードが面白い。仲介に入った人の間違いで16,17歳のカテゴリーの練習日に行き、そこに参加して活躍して入団したという。日本で言えば中学1年生が高校1,2年のチームにいきなり入り活躍するようなもの。しかも名門のフラメンゴで。ジーコの凄さのエピソードであると思います。推薦の言葉も川渕チェアマンで、今思うととても興味深いものがあります。第1章 ステキなファミリーに囲まれて!第2章 ボクは『フラメンゴ』というビックな仲間を持てた!第3章 ジーコの成長とともに世界の『フラメンゴ』へ!第4章 ジーコの“うまさ”は、どうして生まれたんだろう?第5章 ジーコ、『フラメンゴ』創立以来の黄金時代を築く!第6章 ジーコと3度のワールドカップ第7章 ジーコの多彩なひらめきで、初のクラブ世界一に!……

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2006.9.24 マニザが勝利、フェネルは二位に

[2006.09.26]

ジーコのチームは二日間だけ首位に立っていた。ヴェステル・マニザが日曜日にライズと試合をして2-0で勝ち点17ポイントとしてフェネルより1ポイント上回ったため首位を取ったからだ。 日曜日の各試合は“2-0”が多かった。首位になったマニザの他に3位のカイゼルスポルがサカルヤスポルに勝ち、ガジアンテスポルがやはり同じスコアでゲンクレルビリギに勝っている。 ベジクタスがアンカラヤスポルに2-1で勝って上位組に食いついている。14ポイントで4位。               ……

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2006.9.24 2014W杯招致委員長にペレ

[2006.09.26]

2006・9・24 98年のプラティニ、06年のベッケンバウアーと同じようにブラジルの2014年W杯組織委員長にペレがCBFの招待を受け入れて決まった。FIFAはこれから主催国を指名するがブラジルが有力候補に挙がっている。 「私も2014年はブラジルで開催して欲しい。ひょっとすれば私の最後の勤めかもしれないしね。98年はフランスでプラティニがやったし、今年はドイツでベッケンバウアーが組織を引っ張った。ここブラジルではこれから8年やるのはペレだろう。」と、ジョルナール・ダ・タルデ紙のインタビューにペレが語った。 来年一月から王ペレはCBFに推進プロジェクトを提出し業務に取り組む予定だ。一方でこの10月にはサンパウロで行われるF-1ブラジルグランプリでシューマッハの引退記念にペレが記念トロフィーを手渡すことになっている。                    ……

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2006.9.22 フェネル勝利!

[2006.09.26]

第7節の試合は金曜日に1試合のみ行なわれた。フェネルバフチェはコンヤスポルへ遠征し1-0で勝利を得た。得点者は31分にケズマンだった。      この結果はジーコのチームが再度首位を取り戻す事になったが、通算16ポイントで2点少ないマニザが2位であり、これが日曜日の試合でライズと対戦するのでフェネルの首位は暫定である。 ジーコのコメント:                                 「今度の試合も多くの得点チャンスがあった、特に前半にね。それで得点出来たが、これで勝点3を得る重要なものとした。相手以外にも小雨も降ってボールタッチに困難も生じた。長期戦なのでこういう時の得点が後に響くものだから大きな収穫だ。次はUEFAカップの試合があるからじっくりと考えたい」                        フェネルは次の水曜日にデンマークへ出かけてランダーズFCと試合をするが、引分ければ次に進める有利な立場を持つ。                          ……

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2006年09月22日(金)

[2006.09.25]

ハ~イ。訪問、変化、そしてこちらトルコでの忙しい仕事の日々。今回のログオンでの写真の紹介はフェネルバフチェのサイトから転載した上記の一枚のみで、最近コメントを送ってくれた一部の皆さんへの回答をすることにしたよ。先立って、記載されなかった名前とアクセスはしてもコメントを述べなかった皆さんにもお礼を言うよ。 私の幸運を祈り、トルコでの仕事を応援し、コメントにも賛同して、試合の行方も見守ってくれる皆さんへ、本当にありがとう。例として、Flaminio Côrte、João Ricardo、Regis Varella、Alexandre Mariano、Ivo、Aldo、Junior、Jurandyr Silvestre、Sandro、Sergio Lima、Ebert Queiroz、Allan Rocha、Paulo Luciano、Edu Pantaneiro、Robson Araujo、o Moraes、Celio de Oliveira、Daniela Pereiraの名前を挙げることが出来るよ。貴方達のパワーは大変貴重だ! そして、上記数名はゴールデン・フットに関してのメッセージも敢えて述べてくれたことを主張しておくよ!本当にナイスだね! 最初にAndrea Caldasがモンテカルロの写真を的中させ、次いでRenata Botino、Djalma、Alex Carvalhoが言い当てた。Marcelo Cajuは予想を外したけれど、トライしたことに意義ありだ。 Sergio Chavesのメッセージには、 Bruno Neves編集長及びサイト全スタッフが感謝しているよ。 Marcos Machado、 Youtubeでゴールシーンを検索して、全員が観られるようにリンク先を紹介することはナイスだね。ご支援アリガトウ! Charles Klemz、何時の日にかわれ等がフラメンゴも如何様に発展するかも? そしてフラメンゴと言えば、下記に偉大なる懐かしきTim Maiaが歌ったフラメンゴオフィシャルソングのバージョンが聴けるよ。友人がe-mailを通じて送ってくれたのさ。まだ聴いていない方はご視聴の価値あり。http://www.ziconarede.com.br/blogy/images/hinotim.mp3 それでは、また後程!……

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2006.9.20 CFZ・ド・リオ、入替戦予選リーグ最終戦でも敗れる 

[2006.09.23]

既に敗退が決定していたが、CFZは最後の消化試合をし3ー2で同じ敗退決定のグアナバラに負けた。結果、CFZは入れ替え戦を3位で終った。予選突破を果たしたのはマカエーとゴイタカースの2チーム。    一方下部組織のジュニオール(U-20)はオタビオ・ピント・ギマランエス杯で奮闘し、1次予選を突破し2次決勝ステージに進出した。今回はホームのアントウネス・スタジアムにパライーバ・ド・スールを迎え撃ち、0-0で引分けたが、1試合目は2-1で勝っていたため相手を退けた。これからはリオ州一部に属するフラメンゴ、ヴァスコ、フルミネンセと言った相手が出てくるが、99年、2000年に優勝をしているCFZは3度目の優勝を狙って前進する。                      ……

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2006.9.20 羽黒高校のブラジル人選手  

[2006.09.23]

CFZと交流を持つ東洋の国に在する羽黒高校の活動はチームとしてはまだ大きな成果は出ていないが、個人で見ると目出つ部分がある。ブラジル人でスタッフであるジェロニモ・ヴァスケスによると、ウイリアン・ロドリゲス選手が山形県内から唯一東北選抜に選ばれたと言う。東北選抜には青森、岩手、秋田、宮城、山形と福島の各県から選抜された選手が集まる。今回は仙台カップに出場した。    「この大会は世界的にもU-18カテゴリーで知られています。日本選抜とフランス選抜の参加もあります。もちろんブラジル代表も加わり、ブラジルは今年も優勝して3度チャンピオンです。」と、ジェロニモが説明する。   今年の天皇杯予選では羽黒高校も出場したが、最後に山形大学に2-0で破れて敗退した。次の大会、10月21日から始まる全国高校選手権が控えており準備を進める。「この大会は日本の高校では一番大事な大会です。」と説明する。大会はテレビで放映もされメデイアでも大きく取り上げられる。今までの有名な選手の中でもこの大会で活躍し各Jクラブに入った選手も多い。  「この二つの大会でできる限りの事をしたい。今年最後になる大会だけど、できれば良い成績でを閉めくくりたい。」とジェロニモがまとめる。      ……

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「勢力均衡のUEFAカップ」

[2006.09.22]

以前のコラムで既に私は、我々のチャンピオンズ・リーグへの参戦及び敗退の状況に関しては取り上げたかと思います。この結果により、先週、我々はUEFAカップ・グループリーグへの出場権をかけた、最終予選にデビューをしました。我々と共に他の79チームが参戦を果たし、ホーム・アンド・アゥエイ方式の1回戦を戦い、40チームがグループリーグへと進出できるのです。そして、今週のヨーロッパ・コネクションでは、UEFAカップに関する私なりの分析を準備しました。 先週の水曜日に開催された1戦目の40試合の結果は、ドローゲームが12試合、我々のRanders FC(ランダースFC/デンマーク)戦同様に僅かに1点差での僅差勝利が17試合でした。更に圧勝ゲームは3試合のみで、オランダのアヤックスが際立った存在を見せてくれました。即ち、2-1の我々の勝利後に私が感じた懸念の雰囲気は、決して起こり得る感情だとは思いません。ホームで試合をしながらも、仮に更なる得点チャンスがあったにも関わらず、追加点を挙げなかったかも知れませんが、重要なのは勝利を得て敵地アゥエイでの2戦目で、結果に選択肢を持って臨めることです。 一般的レベルよりも明らかに劣る一部のチームを除いては、現時点でのUEFAカップで既に相対的なる均衡が保たれた闘いが展開されるのは明白だと言えるでしょう。そして、このバランス・オブ・パワーは、私が日本代表監督時代から長年に亘り取り上げているテーマでもあります。 私自身、この大会は初出場であり、監督としても初体験ですが、世界サッカー情勢の傾向として、決してUEFAカップも例外ではないことが観察できます。多くの試合は接戦であり、些細なことが勝敗の要因となります。僅差での勝利後に関係者数名を意気消沈させた、Randers FC(ランダースFC/デンマーク)は一見格下の相手のように思えますが、アゥエイでの2戦目では紛れもなく攻撃的に仕掛けてくることで、異なるストーリーが予測できるでしょう。 我々はかつてライバルをみくびってはならないのだと認識しています。このような事があると対戦時に敵へ刺激を与える糧となりかねません。常に細心の注意を払いながらプレーをする必要性があり、手にした勝利はしっかり重視して、どんなチームに対しても同じ信念で尊重心を持って挑まなければいけません。チーム名で試合に優位に臨める時代はとうの昔の話であり、決して私は昨今このことを言っている訳ではありません! それ故に来週のデンマークでの次なるアゥエイの試合は、我々はあくまでも決戦となる20の対決に挑む1チームなのです。1試合目での僅差勝利又はドローの29の結果で観察できるのは、依然として何ら決定していないに等しく、レベル差は存在しないと言うことです。即ち、敗北も懸念も存在しません。我々のチームは現在調整中であり、短期決戦の大会での義務とも言うべき勝ち点3を奪取しました。そして、次なるは敵地のアゥエイで進出を目指のみです。この出場権は最たる重要性があり、落胆や楽天的なる感情に決して流されてはいけません。正にキーワードは…、バランスなのです。 と云うことです! それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ! また来週お会いしましょう!……

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2006.9.17 フェネルはアウェーで引分ける     

[2006.09.21]

ジーコが率いるフェネルは日曜日に相手ホームのピッチに入り、シヴァスポルと対戦したが1-1の引分けに終った。フェネルバフチは17分にケズマンが決めて先制した。34分にはシーヴァがゴクハンからのアシストから決めて同点にする。ルガーノが終了間際に退場となった。   この結果、フェネルは通算13ポイントで6節が終って初めて首位を譲った。マニザが土曜日に大量得点で圧勝して14ポイントにして首位に出た。        スーパーリーグで6試合行なったが、ジーコのフェネルバフチェの成績は4勝1分け1敗。  ジーコのコメント:  「我々にとってあまり良い試合ではなかった。でもここで1点取れたことは良しとしよう。先制していたが相手のシュートも対角線で上手く決められて同点にされた。互角の戦いだったが我々のチームは前半でいつでも勝てるみたいな雰囲気があった。後半はもっと良くなったが、パス回しが多くなっていた。得点チャンスもあったが上手く決められなかった。最後にはルガーノが退場になるしそれでも最後までチーム全体が踏ん張ってくれた。やはりこういう試合を見ていると、競争が厳しい選手権を長く戦って行くには常に気を張って闘志を持って行かないと駄目だというのがよく解る。」                                       ……

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2006.9.16 マニザが大量得点で圧勝してフェネルの首位維持に圧力を掛ける     

[2006.09.20]

トルコ・スーパーリーグの6節目が金曜日の1試合で幕を開ける。その試合でヴェステイ・マニザがゲンクレルビリギに対し5-0という大量得点勝利を与え、暫定首位に出た。通算14ポイントとする。フェネルバフチェより現時点では2得点多い。フェネルは日曜日にシヴァスポルのホームで対戦する。    土曜日には3試合が行なわれた。その内2試合は引分けで終った;アンカラグル0-0デニズリスポル、サカリヤスポル0-0アンカラスポル。勝利チームが出たのはアンタヤルポル3-2ブルザスポルの試合だった。……

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2006.9.16 CFZ・ド・リオが入れ替え戦敗退 

[2006.09.20]

残念ながら今年もCFZ・ド・リオはリオ州の1部リーグ昇格する夢は消えた。チッタが率いるチームはイタペルーナでゴイタカースと戦い2ー0で敗北した。この土曜日に3度目の敗戦をしたため次ステージへの進出は完全に断たれた。他の試合ではマカエーがグアナバラと1-1で引分けた。結果、マカエーとゴイタカースが次ステージへの二つの席を確保した。               ……

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2006.9.16 ジーコサイトスタッフがフラメンゴで講演   

[2006.09.19]

フラメンゴ・レガッタ・クラブでは最近連続でインターネットのスペシャリストを招待してクラブ内での普及を良くするため講演会を行なっている。木曜日にはジーコ・サイトを編集するブルーノ・ネーベスが呼ばれた。ブルーノの個人的なヒーローで赤黒軍団のアイドル・ジーコのサイトを紹介し、ガベアのクラブにも新たな道を開く指針を示した。講演会にはクラブ側から企画担当副会長のジョゼー・マリア・ソブリーニョとマーケテイング担当副会長のリカルド・ヒンリシェンが出席した。   始からブルーノはサイトの成功はジーコが直接参加しているのが主な理由だと話した。「個人的なサイトは情熱あるスピリットが必要だし、内容の濃いもの、さらにダイナミックでなければならない。ジーコはこのサイトを大事に育ててきたし、自分から色々なカテゴリーを作るなど工ブルーノはこうしたプロジェクトは即お金につながると考えてはいけない事も注意を促した。「インターネットにまず定着しなければいけない。ビジョンを最大限に広げ洗練されたチームを持ち同時に進歩して行ける協力者たちが必要です」  フラメンゴの現在のサイトはブラジル国で最大のサポーター数を誇りながらあまりにも一方的な面があると、ブルーノは指摘した。内容も正面から見える部分に縛られているようだとも批評した。「内容の独立性を考えれば今は正しいやり方とは思えない」ブルーノはフラメンゴが必要ならば協力を惜しまない、と約束した。    フラメンゴの役員等はブルーノ・ネーベスの出席に感謝し、講演会の趣旨はクラブ会長の考えではなく、クラブ全体から出てきたものだ、と説明した。「このプロジェクトは誰が会長になろうと前進を即して行くつもりです」とマーケテイング部長兼副会長は言った。  こうした招待はジーコサイトの重要性を高めるものとなり、ブラジルインターネット業界でも注目を集める。特にそれは創立者の冒険的な精神が成果を実らせている点である。夫をしてきた。我々は彼が決める事には殆どタッチしていない。」 さらに彼はウエブマスターの責任者ルイス・クラウジオの優秀な仕事が絡無ければこのサイトも不成功に終っていたかも知れないと振り返った。          ……

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2006・9・15 イタペルーナ市はCFZ・ド・リオを歓迎する  

[2006.09.18]

イタペルーナの街はCFZ・ド・リオを受け入れている。CFZが2007年度の1部昇格入れ替え戦に出場しているからだ。同市のジャイール・ビテンコート・スタジアムで行なわれた2試合ではサポーターが12人目の選手となってくれ、その勢いでCFZのチームはグアナバラに2対1、マカエーに2対0と言う結果を出せた。マカエーについてはそれまで3試合負けなしで来ていたチームである。                CFZはピッチ内で団結力が増せば勝利を連続で取る事も可能で、そうすると次ステージの8チームリーグ戦に進出できる。そのような雰囲気をお膳立てしてくれるのがフルミネンセ(リオ州)東北部にある街だ。イタペルーナ・スポーツ・クラブは試合当日に何ら不足しないように協力もしてくれ、なおUNIG(イグアスー大学)もCFZが練習に必要なグラウンドの提供もしてくれている。 ……

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2006・9・14 フェネルがUEFAカップで先勝 

[2006.09.17]

イスタンブールはスクル・サラコグル・スタジアム。そこで木曜日に行なわれた試合ではフェネルバフチが2対1でデンマークのランダーズFCに勝った。この試合はUEFAカップ出場枠を競う1次予選の1試合目でもう1試合が行なわれる。          得点者はケズマンとペデルセン(自殺点)で相手側ではファールが決めた。  次の試合はデンマークで行なわれるが、フェネルは引分けでもいい有利な状況にある。2試合で勝った方がUEFAカップの幾つかに分けられた組に入ることになる。    ジーコのコメント:                                 「勝った事は重要だった。何故なら2試合目は引分ければ良いという有利性があるからね。彼らは守りを固めて攻撃的なチャンスは少なかった。だから我々は後半にもっと点を取れると思ったけどね。次回は彼らのホームだから相手ももっと攻撃的になってくれれば、逆に我々もやり易くなるのでそのような展開になる事を期待している。」                                      ……

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権限と責任

[2006.09.16]

今週のヨーロッパ・コネクションの話題は以前から私のリストに含まれてはいたのですが、取り上げる頃合いを見計らっていました。そして、適時が訪れたのです。私の三男チアーゴを巻き込んだフラメンゴでの全ての問題直後であり、特にラジオ・グローボに応じた取材後の反響をも考慮して、今がこの話題を展開する時ではないかと思ったのです。 私のプロ選手としての現役時代には、幾多の重要決断は現在とは異なる形式で下されていました。決して昔の事のみを振り返って発言している訳ではなく、実際には監督の過剰権限の問題にある驚きを抱いているのです。彼等は選手達を契約し、更には全ての決断を下して、クラブ内での依存関係を引き起こさせてしまいます。 ここで私が提案するのは、責任及び現在私が果たしている職務に対する権限に関して熟考することです。結局のところ、監督はあくまでもクラブに雇われた身であり、従って組織の中の一つの歯車に過ぎません。彼に対してそれ程迄の権限が与えられていれば、例えば選手の契約に関してや、組織の財産に対しても干渉出来るようになるのです。正にこれが歩むべき道なのでしょうか? 日本代表監督を務めていた時には、既にこの様な現象が起きていることは認識していましたが、しかしながらこの事から多少ながら離れた存在でした。でも今、こちらトルコで組織内の日々に携わることで、実際に私は見た現実に落胆しました。果たしてこのことが正しいか否かは解りませんが、概括的に言わせてもらいますと、クラブは関係する全ての事柄をもっとしっかり管理する必要性があるのではないかと私は思うのです。監督によってはあらゆる分野を巧妙に調整しますが、私自身の認識から言えば、選手及び代理人との契約金の交渉は監督の職権外ではないかと思うのです。 組織化不足のクラブの事態をグランドに置き換えれば、即チームの状態に反映します。身近且つ適切な一例を挙げれば、フラメンゴの問題をこの様に視ているのです。監督は往き来するも、その都度選手を連れて来ることで、クラブは色あせて行くのです。監督は元のクラブの選手を4~5人従えて共に訪れて来ます。その反面、クラブの財産とも言うべき生え抜きの選手達がなおざりにされて行きます。未熟且つ無関心な、更には多々無能力なプロフェッショナルに導かれるクラブは苦しむのです。その結果が選手達の排除であり、彼等はグループから外されて、一緒に練習が出来なくなってしまいます。 ここで強調すべきは、特定のクラブに関してのみの問題ではなく、数多くのクラブに当てはまるのだと言うことです。監督はチームを指導しながら、メンバーを構成し、必要な補強を要請して、最たるは雇用者であるクラブの財産に配慮する立場ではないかと言うのが私見なのです。即ち、同等なる全選手達にベストなコンディションを与えて、ピッチ上で好結果を求めると言う意味でもあります。私は、選手間の差異は常に各自の契約に基づいた月末の支払額のみでなくてはいけないだと良く口にします。ピッチ上では全員が平等なのです。 私が着手したのは、サッカーでは一般的なフィジカルと技術面の向上を目的とした別メニューによる練習に関してではありません。問題は分離であり、メイングループからの選手達の排除なのです。この行為は選手達の士気を低下させて、彼等の上達には殆ど貢献しません。仮に、チャンスすら与えていないにも関わらずに、チアーゴに対してクラブは興味が無いのであれば、手放せば好いのです。何れにせよ、彼は規律を乱す行いをした訳ではなく、逆に練習に専念する姿勢を褒め称えられていました。 私の指揮するチームでは全員が一緒に練習を行い、彼等を観察します。起用されざる者に対しては事前に、6~7番目のオプションの故に移籍の自由を通達してあります。でも、チームに残留したからには常に私と一緒に献身するのです。 プロフェッショナルがそれ相応たる振る舞いをし、責任を負う必要性があるのです。彼等は決断を下せなければいけません。サッカーは変化を遂げたかも知れませんが、私の基本主義は変わっていないのです。私は20年以上に亘り現役を営み、チームという世界がどういうものかは解っています。今日ではピッチ脇に立ち、それらの経験を基に、自己が尊重されたいが如くに、全員に対しても尊重心を抱いております。常にクリアーに、強い決意とモラル、そして尊重心を持って闘えば、自ずと好結果が得られることを誠実に信じているのです。そして、私は今後も前進し続けます。 と云うことで、ウン・グランデ・アブラーソ! それでは皆さん、また来週お会いしましょう! ……

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2006.9.13 CFZが2連勝

[2006.09.15]

イタペルーナ市のジャイール・ビテンコート・スタジアムでの壮烈な戦いではCFZ・ド・リオが2-0でマカエーを打ち破った。前半22分にバイアーノと後半終了間際にアマウリーが得点した。     この2連勝でCFZは2007年度1部リーグ昇格に自力次第で這い上がる状態まで戻した。 他の結果では;ゴイタカースがグアナバラに2対0で勝ち通算7ポイントとする。CFZより1ポイント多いが、双方は次の土曜日に生死の戦いをイタペルーナで行なう。首位はマカエーが9ポイントで行く。                       ……

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2006.9.9 CFZ予選リーグで初勝利

[2006.09.14]

2部州選手権入れ替え戦の3試合目にしてCFZはグアナバラに2-1で初勝利をあげた。この試合はホームゲームだったが規定により収容人数の少ないヘクレイオでは試合ができず、イタペルーナで行われた。ゴールはワグネル・カリオカとアグステーニョ。勝点3となり4チームのグループで現在2位のゴイタカスに近づいた。現在首位は勝点9のマカエで3連勝している。……

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2006.9.9 フェネルがアンタヤスポルを破る

[2006.09.13]

前半0-0で折り返した後半、フェネルバフチェはアンタヤスポルを4-2で破った。ホームのイスタンブール・スクル・サカコグル・スタジアムで敵を迎えた黄色いカナリアたちはルガーノ2得点、ツンカイとアレックスの得点で4ゴールをマーク。相手側ではビエニウクとアリーが得点した。    この結果;フェネルはスーパーリーグで首位に戻る事が出来た。ベジクタスも初戦から9ポイントを稼いでいる。一方でカイゼリスポルがゲンクレルビリギと0-0の引分けでフェネルと12ポイントの同点にするチャンスを無くした。   ジーコのコメント:                                 「今日は二つの難しい敵と出合った感じだ。一つはアンタヤスポルが我々をかき混ぜる手段で来た事と、もう一つは代表に行っていた選手が戻ったばかりで我々の選手が上手く噛みあわなかったことだった。後半に双方で6ゴールも生まれたが、その内5ゴールはセットプレーからの得点になっている。我々は後半に入って良いゲームが出来た。やはり前向きに戦う意志が強くなったのとあくまでも勝利を目的とした連繋と精神状態が結果を招いたと思う。デイビドの動きも気に入ったしケズマンは得点こそ無かったが良く動いてまだまだこのチームが向上する事を示していたね。」     ……

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2006年9月10日(日)

[2006.09.12]

ハ~ イ。最近のイスタンブールでの写真を紹介するよ。先ずは先週の練習風景から紹介。グランドにてウオーミング・アップ開始… 新加入のDeivid選手がボールを要求しているシーン。 以下は試合中の模様をFenerbahçeのサイトから転載したものだ。Alex選手がAntalyaspor戦でのゴールを祝っている瞬間。 TuncayとLugano選手。Tuncay選手も得点を挙げ、更にLugano選手は2ゴールを記録。 Deivid選手はノーゴールのデビューだったが、切れのある動きを披露。 最後に、次回の世界紀行のヒントだよ。写真を3枚紹介。場所を当てられる者はいるかな? それでは、また後程!……

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2006.9.7 ファビオ・ルシアーノがフェネルを退団  

[2006.09.11]

エドウー・ドラセーナ、デイビッド達が入団したばかりだが、チーム内では悲しいもニュースが流れた。もう一人のブラジル人選手、デフェンダーのファビオ・ルシアーノが双方理解の上退団する事になった。恥骨炎の問題でファビオはジーコと仕事をする機会が無かった。手術をしなければいけない状況にあり復帰するのに時間がかかることになる。  ジーコのコメント:「本当に残念。人柄はとてもいいし私自身戦力として期待していたのだが。彼の状態は手術をしなければいけないと専門家が言っていた。フロント側は外国人枠を一人分無駄にならないように彼との契約解除に踏み切り和解の上解決した。彼が又回復してサッカーが続けられる事を期待したい」とジーコが話した。            ……

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2006.9.7 ジーコがフラメンゴの副会長に答える         

[2006.09.11]

この水曜日にラジオ・グローボのフランシスコ・アウエーロ・レポーターがインタビューした折にジーコは現在の息子の状況について話した。その息子はフラメンゴに在籍するチアーゴ・コインブラ。チアーゴはチームとは別に練習をしておりレギュラー組に入るチャンスこ与えられていない事にジーコはクラブの尊重を少なからずとも期待していたと話す。 「全員がチームへのチャンスを与えられた中で、チアーゴにはそれが無かった。彼も一人のプロであるならチーム外で練習する事はおかしい。私はその待遇をからかっているものとは思わない。だけどそれは選手にとって屈辱的である。私の息子であると言う事ではなくて。もし必要で無ければ戦力外として解放すればいい。あるいは彼に代理人でもいればひょっとして10番のユニホームでフラメンゴのキャプテンにもなるかも知れないが」        同じラジオのマイクロフォンで副会長のクレーベル・レイテが応答する。  「私達はジーコでは無くて一人の父親の言葉を聞いた。フラメンゴは代理人などが指揮っているのではない。(・・・)此処ではタレント性がものを言うところだ。(・・・)もし代理人と言うのが問題であれば、ジーコのもう一人の息子、ジュニオルがいる、フラメンゴにハミレスを連れて来たのは彼である」                       イスタンブールでフェネルバフチェの準備に追われるジーコは役員の発言を読み、次の2点についてコメントを発表した。         「私はフラメンゴに対して愛情もあるし自分も歴史も刻んで来た。幼い頃からサポーターと共に歩んできたつもりだ。現在プロフェッショナルとして別の国で仕事をしているが政治的な面とは別にフラメンゴのためになるならといつでもキャンペーンなどに協力してきたし出来る限り参加もした。こうしたクラブとの関係からサポーターと共に二つの事についてここで明確にして置きたい。副会長が話した事柄に関連したことについて。  1)私は父親としてでなく一人のプロフェッショナルとして言ったことです。もう20年もフラメンゴで働き、さらに日本やイタリアでも仕事をして来た。彼は私が一人の父親として話すことは知らないはずだ。問題はもし私があるチームの指揮官であるなら選手達に対してチームとは別メニューで練習するという屈辱的な事は絶対認めないことだ。それは卑怯な手段と言ってもいい。どの監督でもプロフェッショナルに対してそのような事をする権利などない。クラブ自身そのような事を認めてはいけない。私自身選手の経験があるし、選手に取っては良くない事だ。  チアーゴと何人かは蚊帳の外に置かれた状態で、多くは私の息子と同様にクラブでチャンスを与えられていない。彼等に対する尊重の欠陥は当然父親としての私にも気に障ったが、それ以上にサッカーのプロフェッショナルとしての私をもっと遺憾にさせたのは選手達への処遇の間違った対応だ。   2)息子のジュニオルは確かに実業家として活動している。主にサッカーに関連したエベントや興行を仕事にしているが、クレーベル・レイテと同業でもある。彼の会社は昨年のCFZでのスター・マッチでマラドーナを呼んだ責任者であり、リオ・デ・ジャネイロ・カップも催行した。その様な業績を挙げている息子を尊敬もしているし誉にも思う。ハミレス本人の希望からジュニオルが仲介した形になっているが、たった一人だけ彼がクラブに世話をした選手だ。  選手等の代理人が存在する事は避けられない事は解っている。しかし、フラメンゴのようなクラブでチームの内の18選手が一人の代理人に依って所属している事を言いたい。それは私が言うのではなく、それぞれの通信機関が公表している事からのもので、その中にエドワルド・ウラン氏が存在する。私は彼に対する異議は全く無い。彼は彼の仕事をしているが、チームの50%まで平行した指揮官に依ってほぼ動いているサッカー部が全く問題なく健全な活動をしていると想像するのはかなり難しい。クレーベル・レイテ自身が言うタレント性が物を言うなら、それは私の言うタレント性とは違った意味のようだ。        こうした状況の結果がピッチの中に現れている。もうここ4年もチームはブラジル選手権で降格ゾーンから這い出すのがやっとの状態だ。今年のコッパ・ド・ブラジルで優勝したことはクラブが抱える慢性的な問題を絨毯の下に押し隠すだけにしかなっていない。  最後に、私の息子チアーゴについて言わせて貰うと、被害者ではない。今始まった事ではなく、現在もピッチの外では問題だらけのクラブが持つ病の現れの一つとも言える。組織は維持されなくてはいけないし尊重もされるべきでないといけない。彼らが選手に’対して行った事はプロのやることではない。もともとクラブ運営がプロでなされていないが。私はこうした現状に深く遺憾を抱くが、それでも偉大なフラメンゴが私達の時代、仲間やスポーツ選手たちが築き上げた良き時代のクラブに戻る事を期待してやまない。」                        ……

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モナコでのゴールデン・ナイト

[2006.09.10]

先週から私は今ヨーロッパ・コネクションではフランス東部地中海浴岸に位置するモナコ公国で開催されたイベント「Golden Foot 2006(往年及び現役の活躍した名プレーヤーが投票により選ばれて表彰されるイベント)」でサッカーの偉大なる伝説達に加わって受けた表彰に関して語ることに決めていました。特に、私は生存中のオマージュと慈しみの表明に対する行為への信奉者であり、この種のイベントには大変喜ばしく感動を覚えます。そして、インテルで傑出した偉大なるFacchetti(ジャンキント・ファケッティ、イタリア人)は重態が故に出席出来ず、彼の生前最後のオマージュとなった式典に、私はGhiggia(アルシデ・ギジャ、ウルグアイ人)やKopa(レイモン・コパ、フランス人)と同席していたのです。悲しくも、彼の訃報が今週の月曜日に私の元に届きました。 この様なシチュエーションが生じると我々は印象的な出会いやエピソードを回想するものです。例えば、私の場合、既に以前のコラムでもPuskasに関しては語りましたが、彼もモンテ・カルロでオマージュを受けるも出席出来なかった一人です。そして、私はFacchettiとは一度だけ対戦した経験があります。もしかしたら、モナコの地で表彰された伝えがイタリア人の彼にとって生涯最後のニュースの一つとなったのではないかと思います。彼が安らかなる永久の眠りにつくことを祈っています! 思い出について語りましたが、日韓共催となった2002年ワールドカップ前にリオ・デ・ジャネイロのラジオ局がフラメンゴの往年の名プレーヤー達をインタビューする企画に参加したことを思い出しました。私はDidaへのインタビューでデビューを果たすことが出来たのですが、残念ながら数ヵ月後に彼は他界し、生前最後の取材となってしまいました。でも、彼に記念の盾は手渡したのです。但し、Zizinhoのインタビューは可能となりませんでした。私が彼にオマージュを捧げる前に病気が我々の元から連れ去ったのです。これも人生のエピソードだと言えるでしょう。 最も重要なのは、我々は愛する人物やヒーロー、又はアイドル達を常時想起する必要性があることを、Golden Footの様なイベントが暗示してくれるのだと記述することでしょう。この様な経緯にて、10年以上も前に現役を退いた私の過去を回想して戴けたことを大変喜ばしく感じました。更に感動的なのは、自分自身は実際にプレー姿を見観たことがなくとも、偉大さは十分に認識しているGhiggiaの隣にいた事実が更なる感動を与えてくれたのです。モナコで会話をした際に、彼はとてもユーモラスに、ブラジルで開催された1950年ワールドカップの決勝戦のジョークを言ってくれました。「僅かに3名のみがマラカナン・スタジアムに静けさをもたらしたのさ。それは、フランク・シナトラとローマ法王、そして私だよ。」と、ウルグアイ人は発したのです。正に真実なのです。 他にオマージュを受けた人物でエピソードを語ってくれたのはKopaです。レアル・マドリッドのビッグ・ネームの一人でもあるフランスのエンペラーと称される彼は、現役時代は大いにけずられたのだと語ってくれました。「でも、かつて誰にも頭突きを食らわしたことなどないよ。」と、2006年ワールドカップドイツ大会でのジダン選手の一件を回想しながら語って、我々を楽しませてくれました。 モンテ・カルロで貴重なひとときを過ごすことが出来、更にはイベント主催者が開催した現役選手部門の投票を勝ち抜いた、友人のロナウド選手にも再会する機会を与えてくれました。そして、興味深いシーンを演じてくれたのが彼なのです。アルゼンチン人のJavier Zanetti(ハビエル・サネッティ)選手と夫人のPupi財団(アルゼンチンとラテンアメリカのストリート・チルドレンを助ける為の活動をしている財団法人)への募金活動の一環として行われるオークションへ我々は各自が私物を一点提供しました。そこで、ロナウド選手は、サイン入りの私の代表ユニフォームを競り落としたのです。これらのオマージュに加えて、更には慈善を施す社会福祉的側面をも持ち、大変崇高なイベントでもあります。主催者は毎年対象となる一つの団体を選ぶのです。正にこの趣旨はビッグゴールだと言えるでしょう。 盛大なる式典で、私はモンテ・カルロの殿堂に足型を刻み、トルコで献身し続けるべく新たなる活気を帯びて会場を後にしました。我々が心底愛する活動に打ち込めれば、どんな献身をも苦では無いことを、この様な瞬間が証明してくれるのです…。 と云うことで、また来週お会いしましょう! それでは皆さん、ウン・グランデ・アブラーソ! ……

in [ジーコの主張]

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2006.9.6 CFZ・ド・リオが2連敗   

[2006.09.09]

2007年度のリオ州1部昇格をかけた本年2度目の2部州選手権入れ替え戦に出場しているCFZ・ド・リオはあまり良い状況ではない。2試合目も結果を出せなかった。今回の相手はゴイタカースで1-0のスコアでCFZを下した。それも後半の40分にPKからの得点だった。CFZはこれで状況が悪化、あと3試合を残すが全て外のイタペルーナ市で行なわれる。なんとか取り戻し次ステージに持ち越したいところである。 ……

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2006.9.5 ジーコがTVテーハに出演  

[2006.09.09]

この水曜日にジーコはブラジルのTV-テーハ(terra)の生インタビューに応じた。インターネット24時間番組を持つテーハがイスタンブールから世界に放送する。司会者はフェルナンド・ガリーニでブラジリア時間午前10時に電話によって行なわれる。ジーコはフェネルバフチのCTに居るがトルコリーグとUEFAカップへの準備を進めている。  この生放送はhttp://www.terra.com.br/ で見られる。   次に水曜日にはあと2回電話インタビューが控えている。ラジオ・グローボ/AMリオ・デ・ジャネイロとラジオレコード/AMサンパウロ。放送日時と時間は公表されなかった。   ……

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2006.9.3 フェネルが練習試合で勝利、新獲得選手も出場    

[2006.09.09]

土曜日にジーコは最近契約されて来たニューフェイスをピッチで見る機会に恵まれた。練習試合でフェネルバフチは5対2でベイレルベイに勝ったが、相手はトルコ3部リーグのチーム。新選手等はジーコとは初仕事をすることになった。得点者は;エドウー・ドラセーナ、ジエゴ・ルガーノ、ケズマンとデイビット。デイビッドが2得点する。     ジーコはこの練習試合が効果的だったと話す。代表に行った選手はいなかった。  「主力が8人居なかった。代表に6人(ルスツ、ヴォルカン、カン、アウレーリオ、ツーメルとツンカイー)と2人がオリンピック代表(ケリンとオウカン)に行った。それでもこの試合は大変有意義なものだった。新しい選手との連係を試すにも良かった。」と ジーコが語った。    フェネルは次の土曜日にトルコ・リーグでアンタヤスポルと対戦する。    ……

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反則からのフリーキック  

[2006.09.07]

今週のコラムはヴォルタレドンダの元ゴールキーパーが語った話である。ヴァウジール・アッペウは気さくであり私もよく彼に巻き込まれたものだが、あの頃の出来事を知らないでいたものだ。それは時代を遡って1976年のことでヴォルタを相手にマラカナンで行なわれた試合での事。        ヴァウジールの話では我々の相手チーム選手に若手でパウロ・フロレンシオがいた。若手選手はマラカナンの驚異的な雰囲気に驚いていて、緊張しながらピッチに入り何度かミスを犯していたがチームへの影響はさほど無かった。    あの日の試合は我々のチームが調子良く、それを私は覚えている。素晴らしいゲームを見せていた。が、ゴールが出なかった。その内にエリア近いところで反則が起きた。  キーパーのミゲールが壁の位置を整えていた。 「フロレンシオ!!パウロン・・・そこに立てよ!早く、早く!」  その時パウロンが聞いた;  「君はキッカーがどんな奴か解るかい?」    フロレンシオは少し脅えながらも、驚いた様に答えた;          「名前だけは、名前だけは聞いたことがある」     キックされたボールはネットの枠の角へ飛び、二人はミゲールを見守った。キーパーはどうする事も出来ず身動きさえしなかった。ボールはネットの奥に転がった。      「そう、今はキッカーがどんな奴か解ったよ。掲示板に彼の名前が出ている!」       確かに私はかなり若い時期から真剣に練習に取り組んできた。フリーキックの特訓をしてね。これが我々のチームに取って他チームより差をつけるに必要なことと、自分の人生にも役だてることになるのを知っていたからね。現在でも止まったボールからの結果が差をつけている。その後、ヴォルタの二人は壁になる時に名前だけでなく、どんな選手であるかを知らずに立つ事は無くなったと聞いている。              ……

in [ジーコの部屋]

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2006年09月01日(金)

[2006.09.06]

やぁ~。来週のコラムに関する予告をお伝えするべく手短にログインだ。社会貢献の特徴も持つ、素晴らしいイベントであるGolden Footの模様を紹介するよ。モンテ・カルロに私の足型を刻み、更には多くのビッグネームと開催者主催の投票戦を勝ち取ったロナウド選手にも会うことが出来た。それでは早速写真紹介へと行こう。 式典にて、私とサンドラ。 足型を取っているシーン。 南米勢では、私、アルゼンチンのZanetti、ウルグアイのGhiggia、そしてロナウド選手。数多くのエピソードがあり、その中の幾つかはCantinho(ジーコの部屋)で紹介するよ。 金でプリントされた私の足型を受け取る模様… …そして、二万票以上を獲得して選ばれたロナウド選手も同様に自分の足型を受賞。 では、また後程! ……

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2006.8.28 ジーコがモナコで表彰を受ける  

[2006.09.06]

「偉大な名前が並ぶ横で認められるのは大変意義あることと思う。パーテイーも大変盛大に行なわれチャリテイーにも参加してとても良かった」。ジーコが受賞の後に語った言葉。月曜日にモナコの宮殿で行なわれたゴールデン・フッチ2006のセレモニーの事であった。これは年間にサッカー界で注目された人物を表彰するもの。今年はジーコが選ばれ、今までの有名人が並ぶホールにその足跡を記す事になったもの。スポーツの伝説ギャリーに並ぶ有名人達;レイモンド・コッパ、アウシデス・ギジア、ファチェッチにフェレンク・パスカス。さらに新世代ではマラドーナ、フォンタイン、リヴェーラ、エウゼビオ、プラティニ、ジ・ステファノ、ゾフ、リベリーノ、ウエアーやゲント。  セレモニーが始まる前にジーコはアウベルトー2世王子と同席した。その感想をジーコはサイトで語っている。「私が元選手であった事を知っていたのはとても気分が良かった。これは今までの努力が実った結果だと思う。自分の人生で刻んで来たものが評価され、これはフェネルバフチェにも良い影響を与えると思う。みんながこのニュースを受けて喜んでいる。」とジーコが語った。      年間優秀選手としてはロナウドが2万票で賞を受けた。デル・ピエロとルイス・フィーゴを上回ってのことだった。過去では2003年ロベルト・バッジオ、2004年パヴェル・ネジヴェッド、2005年アンドリー・シェフチェンコであった。                            ……

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2006.8.29 フルミネンセがコリンチアンスに勝利し友好カップ初優勝

[2006.09.06]

第9回日伯友好カップは火曜日に決勝が行なわれ2004年度、2005年度と連続で破れていたフルミネンセがU-15カテゴリーで初の優勝を果たした。カリオカのチームはコリンチアンスを雨が降るアントウーネス・スタジアムで決勝を争い2-1で下し優勝に漕ぎ付けた。悪天候はフルミネンセがジーコ・サッカー・センターをトリコロール・フィーバーに染める事を拒めなかった。         準々決勝と準決勝ではボタフォゴとグレミオに対しても攻撃的なリズムを崩さずとり続けて来たフルミネンセは、立ち上がり3分にウエリントンが先制点を挙げる。コリンチアンスも負けずに反抗を示し、アルノンに絶好のチャンスが訪れたにも係わらずフルミネンセのデフェンスに跳ね返された。ブルーノが見事なゴールで2点目を決める。          後半にもフルミネンセは何度も好機を作り得点チャンスがあった。3分にはブルーノがフリーキックでバーを叩くなどをした。11分、コリンチアンスが1点取り返す。フルーのエリアで空中戦になり、マイコンがジャンプ、ボールのコースを曲げてネットに叩き込んだ。  23分、トリコロールのウエリントンが再び左から切り込み、エリア内で絶好のチャンスにも、シュートは外れてネットの外側に当たる。終了間際の32分、サイドのチアーゴ・リアンがジャッジソンの放ったシュートをギリギリでクリアしてフルミネンセを制覇の道に乗せた感じだった。その後はボールを支配し、結果を守ることに専念した。    雨のため表彰式はテントの下で行なわれた。Jリーグ選抜監督や役員などの横でアントニオ・シモンエス代表は優勝と準優勝とそれぞれににトロフィーを授与した。コリンチアンスのマイコンが7得点で大会得点王となった。最小失点記録を作ったのはヴァスコのキーパー、ハファエルであり、MVPにはフルミネンセのミッドフィルダー、ウエリントンが選ばれた。             ……

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2006.8.31 日伯友好カップに対する周囲の力  

[2006.09.06]

9年前にジーコが日伯友好カップを立ち上げた時、ジーコ・サッカー・センターの優秀なプロフェッショナル達を動員する事も考え現在実現している。1998年から運営責任者となるアントニオ・シモンエス副社長を先頭に指導者やアシスタントなど殆どが毎日クラブの仕事に係わり、大会では日本から参加するチームの為にも万全を期して受け入れている。  「毎回ジーコ・センターを賑わしている大きなイベントです。ここに来る少年たちの中にはもう何度か見た事のある子もいる。世界へ羽ばたくタレントたちも現れ来ています」と、センターが出来た頃から努めるジョゼー・マットスが言う。              こうした若手をピッチの中で指揮をするレフェリー達の中心に居るのが凄腕のアルトウール・ギリェルメである。ニックネーム“フェーラ”(凄い奴)で親しまれるアルトウールが大会で笛を吹くレフェリーを選ぶ。彼はジャカレパグアー・審判協会の会長でもある。ジーコ・サッカー・センターで行なわれる各種の大会には必ず担当する。           2006年度も再び大会でレベルの高いジャッジに挑み内容を濃くしていた。ミスも多少はあったが、主審も副審も真剣に取り組んでいた。         「日伯友好カップでの役割を今回も果たす事が出来た。ここには優秀なレフェリー達を連れてきたつもり。経験も豊富だし、U-15と言う低年齢カテゴリーとは言え真剣であり、差別はせずプロの試合とはなんら変わることは無い。一つ違うのは子供達にルールなどの面でオリエンテーションをしてやる事です。それをレフェリーの側から伝えてやりたいと思う。」とフェーラが言う。彼は決勝戦のフルミネンセ対コリンチアンスにはリオ州選手権プロリーグの準決勝をジャッジしたマルセーロ・ベニット主審を選んだ。        こうした友好カップのゲームでボールが場外に出てしまったら?そこでサポートスタッフが出現する。持ち場持ち場のサポートスタッフは日ごろからサッカーセンターに勤めるプロフェッショナルである。中でも走り回っていたのはセルジーニョである。時には彼が一人にも二人にも三人にも見えるが同一人物である。素早い動きで場所を移動し、センターの外に飛び出したボールを拾いにも行く。                 「今日は飛んでいるよ。ボールを取りに行く準備は不足していない。大事なのはボールが一個でもなくならないこと。」とセルジーニョ。大会の裏方である。            大会を見に集まった父兄も見ている。親も生徒も選手もジーコセンターが自分たちの家と感じてもらうために職員たちは苦労を惜しまない。            ……

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2006.8.27 フェネルは負けるが首位を保つ  

[2006.09.05]

日曜日のアウエイ戦、ジーコのチームはサカルヤスポルを相手に2-1で敗北した。フェネルバフチェのトルコ・スーパーリーグでの初敗戦であった。サカルヤの得点者はオカンとアユドインでフェネル側では唯一の得点をセルスクがロスタイムに取った。           結果は敗戦ながらフェネルはスーパーリーグの首位を保ち、4節を消化した後で通算9ポイントである。ベジクタスも金曜日にコンヤスポルに勝ち、カイゼリスポルも4-0と言う大勝をエリスエスポルに与えた。この2チームも同じポイント数であるが、黄色いカナリアは得点差で勝っているため首位にいる。    ジーコのコメント:                             「我々は良い内容の試合をした。相手は全ての得点チャンスを利用していたが、それはゲームでよくある事。我々のチームも良いチャンスがあった。レフェリーのミスもありそれはそれとして、我々も絶好の得点チャンスを逃したのはいけない。選手権は長丁場だし相手は他のチーム等も脅かすと思う。次の試合に備えて良い準備をしなければならない。今日犯したミスを調整して前進するのみ。」                    他の試合結果;  トラブゾンスポル 1-0 デニズリスポル アンタルヤスポル 1-2 シヴァスポル  サイクル・ライズ 1-2 ブルザスポル  カイゼリ・エリスヤスポル 0-4 カイゼリスポル  MKE アンカラヤスポル 0-1 ヴェステル・マニザ  サカルヤスポル  2-1 フェネルバフチ      ……

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「強豪チームによる不正行為」

[2006.09.02]

日曜日に、私は今週のテーマに関して現在宿泊しているホテルのロビーで思案をめぐらせていたら、イタリア語を話している夫婦に出会いました。彼女が私の妻サンドラに、こちらイスタンブールの観光名所に関するヒントを与えていたところへ私が近づくと、イタリア人の夫には自分の事がわかったようです。私達はイタリアサッカーに関する話、今回のスキャンダルによる危機や、その他の話題に関して話し合いました。これがきっかけとなり、普段とは異なるコラムを書くアイディアが浮かんだのです。分析や解決案よりも問いかけが主だと言えるでしょう。主題は、「ビッグチームまでもがなぜ不正行為を行うのか?」なのです。 勝利への旺盛さと欲望が巨大なる域に達したことで、単に実力的に敵に勝る事実のみで試合に挑む現状では満足出来なくなったのでしょう。どんなことをしてでも「勝利への確実なる保証」の必要性が生じるのです。疑いの余地すら存在しない真なる強豪クラブであるユベントスが、他の伝統的クラブ勢と一緒になって不正行為を働き2部降格の処分を科せられた事実が、イタリアサッカーの現状を招いたのだと言えるでしょう。世界有数の名選手数名を有しており、もしかしたら優勝をするためにはピッチ外での策略など必要ではなかったであろう、あのユベントスのチームでの出来事です。 私は、こちらも史上最強のアスリートの一人でもある、ツール・ド・フランスでドーピングが発覚した選手の一件が脳裏を過ぎりました。紛れもなく、彼は不正行為に頼らなくても最強の一人に輝いていたのでしょうが、更に満たす必要性に駆られたのです。記録を追及する陸上競技では主要大会のたびに新たなる事件が発覚します。そして、現時点での実行委員会の闘いは最先端のドーピング方法を暴いて、それらを回避することなのです。 私は過去から現在に至って人生の大部分を競技スポーツに携わりながら生きており、選手時代にはこの問題がこれ程までの規模へと発展するとは想像もしておらず、私にとっては奇妙な闘争でもあります。アメリカのNBAでは数多くの巨人達が不法手段及び薬物を使用しているとの疑惑に包まれており、それ故に代表で闘わないのではないかとも言われております。果たして真偽はどうなのでしょうか?正に我々は世界最大のバスケット・リーグに関して話しているのです。そして、テニスに関しては厳格なドーピング・コントロールが実施されており、既に多人数が排除されました。 薬物使用による不正行為のみでは満足出来ず、更には審判までも巻き込んでいるのです。敵よりも明白に実力で勝る、申し分のないチームを有していながらも、審判を通じて確実なる保証を手にしたがるのです。この種の悲劇を経験した最近の例ではブラジル、イタリアとドイツが挙げられます。処罰を受けた者もいれば、咎められなき人物も存在します。この件で重要なのは、現代ではインターネットを通じての賭博サイトが普及したことで利害関係は単なる勝敗には止まらず、誰しもがこのリスクに晒される可能性があり、決して他人事では無い事実を示すことなのです。正に莫大なる金額が関係しているのです! 実際には、目まぐるしいスポーツ・テクノロジーの発展と、規律委員会の努力と進化にも関わらず、不正行為の防止は困難なのです。次はどのような事件が待ち受けているのでしょうか?発生しないことを期待しているのですが、希望を持つのは不可能だと言えます。そして、私はいったいこれら全ての問題が辿り着く行き先は何処かと自問するのです。これら一連に関して正に我々は熟考するに値するでしょう…。 ということで、ウン・グランデ・アブラーソ! それでは皆さん、また来週お会いしましょう! ……

in [ジーコの主張]

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